ゲスト講師にイマジカデジタルスケープの林真理子氏と、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの簗瀬洋平氏が登壇し、林氏は「教える側」の視点から、簗瀬氏は「自らキャリアを切り開いていく側」の視点から、それぞれ講演を行いました。

◆人材教育がうまくいかない3つの理由
初めに登壇した林氏は「クリエイティブの現場にひそむ、若手育成の落とし穴」について講演しました。林氏は「現場のクリエイターが昇進し、若手を育成する立場になったものの、どうもうまくいかない」という状況がどこから発生するのかについて言及。原因を「せっかち問題」「無計画問題」「自己流問題」に分割し、それぞれについて対応策を示しました。

◆せっかち問題:早々に「ダメ」判定をくだしてしまう

自分には当たり前のようにできることが、若手になかなか理解してもらえない。だから早々に「センスがない」と切り捨ててしまう……。これが「せっかち問題」です。林氏は「PhotoshopやIllustratorが使えるようになるのは、自転車に乗れたり、泳げたりするのと同じ。一度できるようになると、できなかった頃の自分に戻ることはできない」と指摘します。
こうした背景の一つに、単純に見える作業の背景にもさまざまな前提知識やスキルが隠されていることがあります。一例を挙げると「キャラクターが描ける」という作業の背景には、PCやツールの使い方、衣服やヘアスタイルの知識、配色のセオリーなど、さまざまな前提知識やスキルの習得が必要になります。一度「できるようになる」と、そうした下部概念の存在を忘れてしまうというわけです。
そのため学習速度も直線的ではなく、最初はなだらかで、一点を超えると急速に成長し、再びなだらかになるというS字カーブを描きます。林氏は「学びには時間がかかると腹をくくり、本人より『本人の成長』を信じて励ますことが大切です」と指摘しました。
◆無計画問題:行き当たりばったりで仕事を振るだけ

中堅社員が若手の育成に100%コミットメントできるという状況は、なかなか存在しません。たいていの場合は自分の作業を行いながら、空いた時間で若手の指導を行うことになります。そのため行き当たりばったりで仕事をふるだけ。教えられた側も混乱してしまう……。これが「無計画問題」です。
林氏は教える側が新しい仕事のやり方を学ばせて、教わる側が自らできるようにさせるためには、「仕事をふる」→「ふり返りを行う」→「概念化させる」→「学んだことをもとに実践させる」という4つのプロセスの循環が必要だといいます。人が学ぶには具象的な行為と、行為に関する概念のフレーム化の循環が必要で、教育者にはその前後で適切なサポートを提供する姿勢が求められるというわけです。
そのため、こうしたプロセスを無視して「ただ仕事を振るだけ」では、教える側にとっても時間の無駄になってしまいます。林氏は「忙しくて時間がないからこそ、一回の経験価値を最大化するための仕組みが必要」だと指摘。事前説明とフィードバックを手厚く行うことが、教わる側の自走力を高めることにつながると解説しました。
◆自己流問題:自分の教わった・学んだやり方に終始してしまう

学習の道順には個人差があります。いきなり応用問題からはじめるタイプと、基礎からコツコツと積み上げていくタイプなどは、その好例です。しかし、人は無意識のうちに自分の成功体験を押し付けてしまいがちです。一つのことを学ぶのに、時間を巻き戻して別のやり方を試すことはできないからです。
学習のペースについても個人差があります。いきなり急激に成長して、だんだん成長速度が鈍化していくタイプ。徐々にエンジンがかかってきて、途中から急激に伸びるタイプ。そして残念ながら、人によっては教えてもなかなか伸びないタイプがいるのも事実です。もっとも、その場合も別の作業では適性を発揮するかもしれません。これらを正しく見極める必要があります。
そのため林氏は教える側が、まず自分の「学びのタイプ」を理解する必要があると指摘します。そのうえで学習の道順やペースには個人差があることを理解し、本人にあうペースやアプローチを探ることが重要だと解説しました。
◆なぜ人は「教える努力」をする必要があるのか
最後に林氏は落語家の立川談春のエッセイ「赤めだか」を引用しながら、師匠である立川談志の稽古について解説しました。生前は天才肌として知られた談志でしたが、談春は「教わる側にとっては、この上なく親切だ」と評価。これに対して林氏は「同じ内容を教えるのでも、教え方によって理解度に大きな差が出る」として、さまざまなポイントが隠されていると分析します。
その上で林氏は「教え方で学習成果・効率に影響があることは実証されており、人に教えることは自分の相対的価値を下げることではなく、絶対価値を上げることにつながる」と指摘しました。つまり若手を指導することがクリエイターとしてのキャリア形成にも直結するというわけです。その上で作品だけでなく、人を育てることが自分と相手のキャリアにつながり、会社も強くすると強調されました。
◆唯一無二のキャリアパスが人生を豊かにする
続いて登壇した簗瀬洋平氏は「手を動かすデザインープロトタイピングできるゲームデザイナーになろう」と題して講演を行いました。デバッグのアルバイトからゲームデザイナーになり、現在はユニティ・テクノロジーズ・ジャパンのエバンジェリストとして活躍。そのかたわら東京大学の先端科学技術研究センターで客員研究員もつとめるという、唯一無二のキャリアパスを歩んでいる人物です。

これまで『ワンダと巨像』『巨人と失われた王国』などのタイトルにかかわってきた簗瀬氏。そこで役だったのが「大学で学んだエージェントシステム」だったと言います。他にも勘と経験に頼りがちなバランス調整に人間工学的なアプローチをとりいれるなどして、効率化を推進。ゲームデザイナーという文系的なジャンルに工学的なアプローチを取り入れることで、存在感を示してきたと語りました。

◆誰でも神プレイできるジャンプアクション

http://www.wiss.org/WISS2015Proceedings/demo/1-R11.pdf
Unityのエバンジェリストとして、学術分野での普及活動を進めるかたわら、自身も大学でゲームデザイン研究を進めている簗瀬氏。ここでも「ゲームデザイナーとしての知見+工学的アプローチ」というスタイルが貫かれています。「誰でも神プレイできるジャンプアクション」はその好例で、Unityでデモを作って検証したことで、ゲームプレイに対する補正と満足度の関係が客観的に実証できたと語りました。
◆Unlimited Corridor

http://dl.acm.org/citation.cfm?id=2929482
簗瀬氏が指摘するのは「自分の知見を異分野に投入することで成果を出し、自分の価値も高める」やり方の有効性です。工学の世界では「Demo or Die」という言葉についても触れられ、「デモを作る上でゲームデザイナーとしての知見が役に立っている」と解説。VRと指先中心知覚の関連性について論じ、第20回文化庁メディア芸術祭で優秀賞も受賞した「Unlimited Corridor」の例を示しました。
◆ゲームの知見を異分野に持ち込む

「Unityのようなゲームエンジンを使えば、誰でも自分のアイディアを簡単に実証できる時代になっている。しかし、そうしたことを実践しているゲームデザイナーは少ない」と簗瀬氏は指摘します。17年間で8社を渡り歩いてきたものの、応募で失敗したことがないのも、企画書と共にデモも提出したからだと分析。ぜひ参考して欲しいと続けます。
「今回はキャリアセミナーですが、自分は人の参考にならないキャリアを歩くことでキャリアを形成してきました」と語る簗瀬氏。現在も学術にゲームの知見を持ち込み、唯一無二の存在として活躍しています。同じようにサービスやゲーミフィケーション、コンサルなどゲームのキャリアが転用できる領域は数多くあると指摘。その際には動くデモが有効で、それを武器に自分だけのキャリアを主張して欲しいと語りました。