CEDEC 2012初日、『セインツロウ』や『レッドファクション』シリーズを開発してきたTHQ傘下のデベロッパー、Volitionのプレイヤー・エクスペリエンス・リサーチャーを務めるChristopher Jordan Lynn氏が「プレイテスティングとテレメトリー」と題したセッションを行いました。まだ日本では始まったばかりですが、海外のデベロッパーではプレイテストを通じてユーザーデータを収集。それをゲームデザインやアップデートに活かすという方法が積極的に採られています。本セッションではプレイテストと分析の為にVolitionが何に取り組んでいるか明らかにされました。Volitionにおける典型的なプレイテストはゲーム開発の後半に行われる事が多く、一週間くらいの時間でプレイヤーを集めてきて実際にゲームを遊んで貰います。遊んでいる最中はスタッフが付いて、幾つかのポイントでアンケートの質問に答えてもらい、プレイヤーがどのように感じるか、どのように遊ぶかといった情報を収集します。良い点も当然ながら、悪い点を探るのが肝要です。どこでユーザーが理不尽なフラストレーションを感じるかという事です。Volitionではゲーム機がゲームデザイナーのデスクに直結されていて、変更をリアルタイムに反映して試して貰う事も出来る仕組みになっているようです。観察や質問だけでなく、同時にログ収集(データロギング)も行われます。これは重要なイベント(例えばプレイヤーの死)が発生した際のパラメータ(使用武器、場所、時間、レベル等)をデータベースに固有IDを振って保存するというものです。これによって観察で見落としてしまったとしても、「ある箇所で死ぬプレイヤーが異常に多い」「特定のステージで脱落するプレイヤーが多い」といった事を発見する手掛かりを得られます。異常が見つかれば、パラメータから推測したり、撮影している映像から原因を分析するわけです。あるいは異常が無くても、ゲームデザイナーの期待と実際のプレイヤーの動きが乖離していないか知る手掛かりとなります。収集したデータはTabeauというビジュアライゼーションツールを使ったビジュアル化。ひと目で分かる形でゲームデザイナーに提供しているとのこと。プレイテストの目的は開発段階ではより良いゲームにするために、リリース後の場合はアップデートの計画用や次のプロジェクトに向けての検証となります。プレイテストを実施する副次的な効果としてはバグの洗い出しにも一定程度寄与するという点も挙げられます。■プレイテストを行うメリットChristopher氏は具体的にVolitionの開発した『セインツロウ ザ・サード』と『レッドファクション: アルマゲドン』の事例を挙げながらプレイテストを行うメリットを説明してくれました。例えば戦闘のバランスです。『セインツロウ ザ・サード』ではミッション16での死亡回数が突出して多かったそうです。アンケートへの回答でも苦情が多く寄せられました。そこでログを分析したところ、多くのユーザーがある武器を装備した状態で死んでいた事が分かったそうです。その武器は強くないにも関わらず利用が多く(想定の3倍)、バランスが取れておらずミッションでの死亡回数に貢献していたということです。あるいはゲーム内経済のバランスも重要です。お金を集めて武器を購入するようなゲームでは、適切な経済バランスを作らないとゲームバランスの崩壊を招きます。『セインツロウ ザ・サード』では行動や購入で得られる「リスペクト」で様々なものが開放されていきますが、その入手経路を見るとお店での購入が最も高くなっていました。調べてみると、ロケットランチャーが余りにも魅力的で、みんなが努力していたことが分かりました。武器と価格が吊り合っておらずバランスを崩していた例です。ステージ中の失敗が多すぎるポイントも改善が必要でしょう。『レッドファクション: アルマゲドン』でのあるミッションで、ログからプレイヤーの死亡位置をマッピングしたところ、ゲームデザイナーが意図してない場所で、死亡回数が非常に多いポイントが確認されたそうです。その理由はログからでは分からず、記録している映像からチェックすると、プレイヤーが敵の倒し方を把握しづらいカメラ構造になっていることが分かりました。しかしこの苦情はアンケートでは挙がらなかったそうです。Christopher氏は「プレイテストの参加者は自腹で買って遊ぶプレイヤーとは異なるモチベーションでゲームを遊びます。辛くても大抵の問題は乗り越えてしまうのです。アンケートで表面的には現れない問題も考慮する必要があります」『セインツロウ ザ・サード』では武器の利用のバランスもログ分析から調整したそうです。本作では武器を3つのカテゴリ(通常武器、非常に強力な武器、お飾り的な武器)に分類し、1>2>3という利用状況に誘導するため、武器の強さを調整していきました。プレイテストの副産物として得られる効果としてはQAメンバー(デバッグ)のトラッキングにも活用することができ、その効率アップにも繋げられるということが挙げられていました。■プレイテストを行う際の留意点ここからは課題として挙がった点が紹介されました。まずはゲームデザイナーにはなるべく多くの情報、可能であればプレイテストデータへのダイレクトなアクセスを提供するべきということです。リサーチャーのような担当者よりもゲームデザイナーこそが情報を必要としている人であり、かつ活用する可能性が高いからです。リサーチャーがレポーティングする場合には迅速さが求められます(「2週間前のプレイテストの情報を伝えてもゲーム自体が変わってしまっている場合もある」)。ゲームデザイナー自身がプレイテストについて良く知り、活用することはメリットが大きいようです。「中には、こういう情報をトラッキングできるとは知らなかった、という話もありました」気付くの余りに遅くなってしまうと改善できたはずのポイントも改善できないこともあります。『レッドファクション: アルマゲドン』ではあるステージの廊下のような細長い箇所で多数の死亡が確認されました。チームはログ分析では気付かず、アンケートで苦情が上がるのも開発終盤でした。実に14%のプレイヤーが先に進めなかったのです。しかし開発終盤ということで改善の余地が無かったそうです。「苦情があっても無くても特徴があればデータを見るべき」とChristopher氏は述べました。その他、実務的な課題としてはログ収集では膨大な量のデータが集まるという点も挙げられました。1つはサンプリングの問題で、『セインツロウ ザ・サード』では10%からサンプリングを行った場合、1日のデータ量は30ギガバイトにもなったそうです。この量はストレージの問題を引き起こしますし、移動も容易ではありません。データベースにクエリを投げても返ってくるまで長い時間を要します。結局、サンプリング率は1%にしたようです。データ分析にはプログラマの力が不可欠ですが、Volitinではこれまで5人のプログラマが引き継ぎながら整備を行なってきたそうです。引き継ぎには時間がかかります。お互いを理解するまでには時間が必要です。プログラマは可能な限り専任を付けるべきだとChristopher氏は述べました。■幾つかの成功例プレイテストを行った結果の成功例も幾つか紹介されました。アンケートでは「ちょっと難しすぎる」というようなかなり曖昧なコメントが寄せられることもあります。そうした時は出番です。分析の結果、そのステージでは2箇所の非常によく死ぬ場所があることが分かりました。1つ目は地面に瓦礫があり、行動範囲が制限されることが原因で、2つ目はカメラの不具合から見えない場所からロケットランチャーを撃たれて死ぬケースが多いことが分かりました。『セインツロウ ザ・サード』で半分から苦情が多く、残りの半分からは全く苦情がないという珍しいケースがあったそうです。難しいと言ったユーザーを調べたところ、チェックポイントを通過した後に死んでいたことが分かりました。チェックポイントからやり直した場合に与えられる制限時間が非常に短く、一度死んでしまうとクリアが難しくなっていたのです。一度も死ななければ余裕ある制限時間があったのです。同じく『セインツロウ ザ・サード』では非常に使い勝手が良いにも関わらず手榴弾の利用が少なかったそうです。アンケートで聞いてみると、購入場所が分からないという意外な答えが。改善すると手榴弾の利用はきちんと増えました。このように有益なプレイテストですが、Christopher氏は単にデータを分析するだけでは見えてこないものもあると指摘します。「コントローラーを握っているユーザーの気持ちを理解することが大事です。ミスが全てストレスなわけではありません。高いところから落ちて死んだプレイヤーは全員が操作を誤ったわけではなく、"ちょっとどうなるか試してみた"だけの人もいるのです」Christopher氏は「プレイテストでは非常に有益なデータが得られます。もちろん、これをどう活かすかはチーム次第という点もありますが、確実にプラスになるので是非皆さんもチャレンジしてみてください。Volitionも試行錯誤で取り組んでいます」とエールを送ってセッションを締めくくりました。
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