「アプリクラウドアワード2013」は、ソーシャルゲーム市場の拡大などに伴い、ホスティングサービス各社がソーシャルゲーム、アプリ事業者向けに提供するサービスやプランについて表彰するものです。投票者は事業者自身で、まさに現場の声が反映された結果だといえるでしょう。記念インタビューではWindows Azureに留まらない、同社ならではの総合的なサービス展開が伺えました。
■参加者
日本マイクロソフト Windows Azureエバンジェリスト 砂金信一郎氏
日本マイクロソフト Windows Azureソリューションスペシャリスト 増渕大輔氏
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左 増渕氏、右 砂金氏
■Xbox事業とWindows Azureの意外な接点
―――総合部門・性能部門・海外部門・機能部門・サポート部門で部門賞をとられました。今のお気持ちをお聞かせください。
砂金: すごく嬉しいですね。Windows Azure(以下Azure、読み:アジュール)には大きく二種類のお客様がいます。一つはエンタープライズ向けて、企業内システムをクラウド化したいというお客様。もう一つはモバイルソーシャルなどのゲーム業界です。もっとも、ここしばらくマイクロソフトはエンタープライズ向けに力を入れていたところがあり、モバイルソーシャル向けの営業活動に力をいれはじめて、まだ2年くらいなんですよ。これまで苦しみながら一つずつ積み上げてきたのですが、ようやくその成果が出てきたのかなと。
増渕: 90年代はWindows 95をはじめ、エンドユーザーと一緒になって業界を盛り上げてきました。しかし最近は企業内データベースなど、エンタープライズ向けのイメージが強まってきたので、素直に嬉しいですね。ソーシャルゲーム業界ではオープンソース系の技術が強く、マイクロソフトと少し距離を感じられていた方も多いのではないでしょうか。実は同じような不安を我々も当初、感じていたんです。それが次第にサービスを通して近づいていきました。それが、こんな風に目に見える形で結実できました。
―――この1年で急に評価が高まりましたね。
砂金: やはり、サービスの営業をはじめて、それが導入されて、実際にゲームがリリースされて、ヒットして継続運用されて、その上で評価をいただけるものだと理解しています。そうした努力がようやく実を結びはじめました。もっとも、現状に満足しているわけではなくて、まだまだこれかだと思っています。
―――エンタープライズ向けではなく、コンシューマ向けの新規開拓ということで、苦労も多かったのではないでしょうか。
砂金: エンタープライズ向けは、すでに販売する仕組みやパートナーが決まっていて、そこに新しい商材が増えただけの話です。しかしソーシャルゲームについては、本当に弊社にとっても未開拓の領域で、だからこそ挑戦しがいがありました。
ただ、もともとソーシャルゲーム業界ではオープンソースのツールやクラウドサービスなどが広く使われています。一方で「Windows NTの頃に使っていたけど、大変でした」などという印象をお持ちの方もいらっしゃいました。そこで、今は昔と違ってOSの完成度も上がっているし、クラウドならではの機動性もある。さらにはオープンソースとの組み合わせについても自由度が高まっている。これらを一つひとつ説明して、理解していただく必要がありました。
増渕: もっとも、最初はご提案に行っても、かなりビックリされましたね。そこで弊社がXbox360でゲーム事業を行っていることが、大きな援軍となりました。
砂金: 特にコンソール系で、これからソーシャルゲームに参入される企業の方はそうでした。弊社としても「『Halo4』のサーバ周りはこんな風に運用しているんです」などと、自分ごととして説明できます。これまで弊社とゲーム開発をされた方も大勢いらっしゃいます。同じゲーム業界の一員として見なしていただける方が多いんですよ。たいへんありがたいことですし、とっかかりとしてのXbox360の存在は大きいですね。
―――さらにクラウディア・窓辺さんも加わりました。
砂金: 彼女の誕生秘話については、それだけで3時間くらい話せそうなので、またの機会と言うことで(笑)。ただ、我々もプロモーションの仕方をいろいろ考えています。まだまだ「お堅いスーツ族」というイメージがありますからね。そんなときに資料がクラウディアのクリアファイルに入って出されると、心の壁がときほぐされる。
―――マイクロソフトがはじめてゲーム業界に参入したときも、同じような壁がありましたが、『Halo』のマスターチーフが解きほぐしました。今はそれをクラウディアさんがされているわけですね(笑)。
砂金: そう言っていただけると、大変ありがたいですね。一方で機能的には固い、ちゃんとしたサービスを提供しています。この柔らかいところと、固いところのギャップ萌えみたいなところが、我々の狙いでもあり、しっかり受け止められているところだと感じています。
■Azureを橋頭堡にさまざまなサービスで横に広げていく
―――とはいえ、エンタープライズ向けの比重は高いと思います。
砂金: たしかにエンタープライズ用途の方が、単体での利益率が高いのは事実です。一方でソーシャルゲームではクラウドサーバをホスティングして終わりではありませんよね。バックヤードのデータマイニング、開発環境、開発チームのコラボレーションなど、Azureを橋頭堡にして、さまざまな波及効果が見込めるんです。
たとえばデータマイニングの例でいえば、よくデータサイエンティストといった専門職の存在や、Hadoopなどのツールがメディアで取り上げられます。しかし優秀なデータサイエンティストの数は限られていますし、Hadoopにしてもログ解析くらいしか使われていないのが現状ではないでしょうか? BigDataと呼ばれる大量のログ分析も、Hadoopをバックエンドで使いつつ、プランナーや経営層の方々にはExcelのピポットテーブルのような手軽さでデータを分析するほうが現実的ですし、より多くの人に活用していただけると考えています。
このように弊社には今まで培ってきた、さまざまなツールがそろっています。フロントエンドにも慣れたExcelを使っていただけます。言ってみれば、これらはF1カーではなくて大衆車ですが、仮想ゲームサーバ構築からログ収集、分析まで、一気通巻でできる手軽さがあります。
―――なるほど。
砂金: また開発ツールでも、エンジニアによってRuby on RailsやPHPなど、さまざまな好みがありますよね。一方で弊社の.NET技術を使いませんか? というご提案を、よくさせていただくんです。ソーシャルゲームは頻繁に仕様が変わりますが、開発環境にVisual Studioを使って、そこにソース管理ツールなどを組み合わせれば、自動ビルド、自動テスト、自動デプロイなどの効率化が簡単に図れます。これらはエンタープライズ向けの大規模プロジェクトで行われてきた定番の組み合わせですが、最近ではソーシャルゲーム開発向けにオススメする機会が増えているんです。
もっとも、.NET系の技術でソーシャルゲームなんか作れるの? という疑問があるかもしれません。しかしPlaystation VITAやUnityのゲームはロジックをC#で書くこともできます。ゲーム業界のプログラマーはおしなべてスキルが高いので、言語はあまり問われない傾向にあるんですよ。だったら、フロントエンドはUnityで作って、バックエンドもAzureを使うのなら、サーバ周りもASP.NETで書くのが楽だよね、という話が出てきます。すべて.NET系技術で揃えていただくことで、生産効率も高くなるんです。
増渕: 少し話はずれますが、ソーシャルゲームではスタートアップ企業も多いですよね。
実は弊社ではベンチャー支援もしているんです。Microsoft BizSparkというプロジェクトで、起業して3年未満の企業が対象です。開発環境や技術サポートをご提供しているのですが、上位版のWindows Azure for BizSpark Plusでは、2年間で最大$60,000分のAzureリソースプールを無料でご利用いただけます。これだけの大きなリソースプールを使い倒していただけるベンチャー企業って、結局ゲーム業界だと思うんですよ。
■パートナー企業とのアライアンスでさまざまな機能を提供
―――機能部門の部門賞も獲得されていますね。御社の場合はパートナー企業との連携で、さまざまな機能を提供されている点が特徴です。
増渕: マイクロソフトだけで実現できることは限られていますからね。特に分析系のサービスでは、コンサルティングも含めて、パートナー企業の重要性は早くから認識されていました。というのも他社様と違って弊社では、Azureをお客様ごとにカスタマイズして提供するなどのサービスができないんですよ。そのためご要望に応じて、パートナー企業を先方にご紹介するなどして、全体で盛り上げています。
砂金: 最近だとcloud.configというサービスを提供されているFIXERさんや、ゲームサーバの分析サービスをされているgroovenautsさんとか。いろんな企業がAzureを使ったサービスを提供されていて、エコシステムができあがっています。そうした企業が作られたサービスが、次第に正式サービスに昇格して、パッケージ化されるサイクルができあがってきました。
―――おもしろいですね。
砂金: 一方、弊社のサービスと組み合わせることで、いろいろな便利な使い方もできます。たとえば弊社のウェブサーバソフトで、Apacheに相当するものにIISがあります。IISの裏側でASP.NETのアプリを動かすと、IISではOSと一体化したカーネルモードキャッシュのような機能も使えるので、同じハードウェアスペックでもパフォーマンスが良いんですよ。ソーシャルゲームは何がヒットするか最初から見極めが難しいので、使ったら使った分だけ課金される従量課金システムですが、それだけにコストパフォーマンスが高い方が良いですよね。そんなニーズにIISとASP.NETの組み合わせは、しっくりはまります。
他にソーシャルゲームではデータベースの管理が非常に重要ですよね。エンドユーザーが購入したアイテム情報の記録が、何かの理由で読み出せない、なんてことになったら大問題です。こういったことが発生しないように、Azureでは基本的にサーバが落ちない、データがなくならない環境が、最初から用意されています。サーバをクラスター構成にして、ディスクもミラーリングして、といった具合ですね。
増渕: もともとがエンタープライズ向けに使われているものですからね。国内の大手自動車メーカー様にもご採用いただいているので、安心感はあると思います。
砂金: テレビCMの放映でアクセス過多が予想される場合は、インメモリーデータベース機能を使って読み出し速度を上げ、大量のトラフィックをさばけるようにする。バトルもののゲームのように、書き込みと読み出しがかなり激しいコンテンツの場合は、一回キューを経由して最後にトランザクションで書き込む。こんなふうに、ゼロから作ると大変なことでも、既存モジュールの組みあわせで、かなり柔軟な運用が可能になっています。
―――逆に社内でフレームワークを構築されている企業も多いと思いますが。
砂金: はい、そんなときのために、すべてWindows環境でそろえていただく必要もありません。たとえばVM Depoという仮想マシンライブラリを使えば、Rubyがインストールされたイメージを選択してブートすると、環境が簡単にできあがります。CentOSやubuntuといったLinuxのインスタンスも普通に使えます。ソース管理も弊社製品だけではなく、Jenkinsなども普通に使っていただけます。
マイクロソフトで運用するLinuxって、何かくせがあるんじゃないかと、たいてい皆さん身構えられるんですよ。それが「わりと普通じゃん」なんて。管理コンソールも使いやすいですし、日本語化されていますし、目視監視レベルに十分なダッシュボードもありますし、意外性をもって受け入れられているようです。
■SAPのゲーミフィケーション的な展開も支援
―――すべて.NETで作られているソーシャルゲームの事例はありますか?
砂金: 開発会社にもよりますが、かなり増えていますよ。そもそもソーシャルゲームの実装には、それほど特殊なロジックは必要ないんですね。それよりも長く運用されるものなので、システムの拡張やコードのメンテナンス、エンジニアの入れ替えといった要素が求められる傾向にあります。そういった継続性重視のプロジェクトなら.NETに載せやすいんです。逆に短期集中型のプロジェクトなら、乗り換えコストが勿体ない。状況に応じたご提案をするようにしています。
―――プロジェクトによって一長一短があるんですね。
増渕: ありますね。でも、僕らライトウェイトスクリプトを否定するわけでは全くありません。Python、PHPもちゃんとサポートします。言語というより、エンジニアが可読性や保守性の高いコードを書くようなプロジェクトなら、弊社にとっても、よりおつきあいしやすい相手になります。
砂金: そういえば、値段や機能だけではなくて、時にはスタッフ不足という要望を受けることもあります。そんなときには会社だけでなくて、エンジニアをご紹介することもあるんです。ソーシャルゲーム業界では恒常的にバックエンドの開発力が不足していますよね。そんなときに、良いパートナー企業やエンジニアを紹介できるのが我々の強みです。
増渕: 最近ではゲーミフィケーションという言葉も一般化してきましたよね。時には非ゲーム業界のお客様から「ゲーム会社を紹介して欲しい」という相談を受けることもあるんですよ。ゲーム業界の知見や開発力が、さまざまな業界で必要とされている流れを感じています。時にはそこに、我々のキネクトなどを加えたりして。そこから新しい化学反応が生まれる可能性もありますよね。
砂金: 一方でSAPさんの中には、今と同じようなソーシャルゲームのスタイルが、ずっと続くとは限らないという危機感があります。きちんと利益が出ているうちに、新しい分野に挑戦してみたいという声もありますね。そうしたSAPさんを、たとえば自動車やアパレルなどの企業に紹介すると、お互いにハッピーになりやすいですよね。
また、今は多くのSAPさんがスマホの4インチ画面でアプリを作られていますが、これからタブレットやテーブルトップ型のモニタなど、端末がどんどん増えていきます。そんな中で、たとえばWindows8搭載PCを発売する上で、他とは異なるプリインストールのソフトを搭載して、差別化を図りたいというメーカー様のご要望も伺う機会があります。そうした中でSAPさんをご紹介させていただく可能性もあります。
―――そうしたストーリーも考えられているんですか?
砂金: ええ、単にクラウドベンダーというだけではなくて、今後のSAPさんのビジネスをどうやったら広げていけるか、これでも一生懸命考えて動いているつもりなんです。一方ではそうした広がりも感じてもらいつつ、まずはとっかかりとしてクラウドサーバで、といったように考えていただければ嬉しいですね。
増渕: そういえばクラウディアさんで言い忘れたことがありました。彼女は二次創作に関する許諾が整備されていて、この範囲内であれば商用・非商用が共にOKです。彼女のゲームを作りたいという方がいたら、ぜひ使って上げて欲しいですね。
砂金: KINECTでのデモなどに使用できる3Dモデルがありますし、音声素材もいくつか用意していますよ。最近ではスマホで声の出るアプリも増えていますからね。キャラクターボイスは声優の喜多村英梨さんです。ご要望があれば次回収録時に「余分録り」できるようにがんばります。
■日本企業同士、一緒になって海外展開を支援したい
―――世界的な企業ということで、海外展開に対する支援を期待されるSAPさんも多いかと思います。
増渕: いまイギリスのマイクロソフトが、ハリー・ポッターのクラウド対応型ゲーム『Pottermore』をAzure上で大々的に展開していて、かなり好調なんですよ。またロンドン五輪のストリーミング配信のバックヤードもAzureが手がけているんです。日本マイクロソフトも日本のゲーム会社さんと一緒に、これらを超えるでかいアプリを作りたいですね。 社内でもディビジョンごとに競い合っているんですよ。
砂金: そんな風に海外展開をしていただく上でも、Azureであれば管理画面でインスタンスを選ぶときに、リージョンをメニューから選択するだけで、簡単に海外のデータセンター上でサーバが立てられます。現地法人を立てたり、英語でメニューを選んだり、ドル決済を行ったりする必要はまったくありません。本当に日本で仮想サーバを立てるのと同じくらい手軽に海外展開ができるんです。
―――データセンターは日本にありますか?
砂金: いえ、日本には画像配信用にCDNのノードがあるだけです。東アジアでは香港にデータセンターがあり、ゲーム自体はそこから配信しています。ただし、回線速度が非常に速いので、これまでレイテンシーの遅さからクレームがきたことはありません。もちろん格闘ゲームなどは難しいですが、スマホアプリの非同期タイプのものや、一般のソーシャルゲームなどでは、国内と同じ感覚で使用いただけます。
最近では中国語圏で展開したいという案件要望が多いんですよ。香港のデータセンターはグレートファイアーウォールの外側ですが、中国主要キャリアに接続されていて、沿岸部にサービスを展開するならパフォーマンスもよく、何より手軽に使えます。また最近ではFacebookユーザーの多さからインドネシアが注目されていますが、これもシンガポールのデータセンターからの回線が速いですね。
―――今後の取り組みについて教えてください。
砂金: さっきも軽くふれましたが、Azureの特徴はパートナー企業さんから、どんどん新しい機能が実装されていくことです。オープンβの機能が、いつの間にか正式実装されていて、また新しい機能がオープンβで出てくる。そのため、ご自身でインフラを整備されるよりも、我々の実装を待っていただいた方が効率が良いんじゃないでしょうか。もちろん他社様の機能にも優れたものがたくさんありますが、我々は後発の強みと潤沢なリソースを活かして、どんどん追いつき、追い越していきます。なにしろAzureは弊社の「積極投資領域商品」ですからね。
―――それは心強いですね。
砂金: ただ「昔の書籍と内容が違う」「最新情報がどこにあるかわからない」などのご批判をいただくこともあるんです。その申し訳ない気持ちも含めて、もしお問い合わせいただければ、どこにでもご説明に上がります。もしかしたら、気軽に相談しづらいイメージがあるかもしれませんが、みな腰が軽いですから、さまざまなご支援をさせていただきます。会議室のホワイトボードをお借りできれば、案件ごとにモジュール構成から簡単なお見積もりまで、さくさくっとご説明させていただきますよ。
増渕: 新機能の予定をはじめ、ここでは言えないことでも、直接お問い合わせいただければ、できる限りこっそりお話しします。
―――最後に今年の抱負をお願いします。
砂金: 来年度は全アワードを制覇したいですね。
増渕: 特に総合満足度は一番欲しいアワードですね。
砂金: 他のアワードと違って、この「アプリクラウドアワード」はゲーム業界が対象で、実際のお客様からの投票で決まるので、審査軸がわかりやすいですよね。他社様のサービスに経緯を払いつつ、良いところはどんどん参考にさせていただきます。そして弊社のリソースを潤沢に投下しつつ、パートナー企業やゲーム業界以外の進出支援、海外展開サポートなどの付加価値も加えて、総合満足度1位がとれるようにがんばります。
増渕: さっきも言いましたが、日本マイクロソフトは日本の企業ですから、同じグループ会社であっても、他のディビジョンの鼻を明かしてやりたいところがあるんです。そのため海外に打って出るSAPさんと、どんどん一緒に楽しく仕事をして、世界を席巻するようなゲームを生み出すお手伝いをしていきたいですね。日本のコンテンツを支援して、日本色で勝負したい。長年の課題ですが、今年もそこをめざしてがんばります。
―――ありがとうございました。