Sparx*にとって、リモートワークは当初、対応可能な“勤務方法”でしかありませんでした。リモートワークに必要な機器は整備できたものの、明確なガイドラインがあるわけではなく、試行するのには程遠い状況でした。Sparx*は2020年の4月に、スタッフ全員の3週間の自発的なリモートワーク(在宅勤務)の手配を完了し、スタジオのオペレーションを再開。COVID-19のリスクはいまだ完全に根絶されたわけではありませんが、現在、ホーチミン市の企業が業務を再開できるほど低減してきています。本稿では、Sparx*社内での迅速な意思決定とクライアント企業との相互協力により、導入が可能となったリモートワークの過程とその中での制作・開発進行について紹介していきます。
※本稿はSparx*のブログ(英文)を和訳した寄稿記事です。
状況と初動
Sparx*は、3Dアート、VFX、アニメーション制作に特化したスタジオで、2011年より、ゲーム開発と3Dアート制作のグローバル・カンパニーであるVirtuos(ヴァーチャス)のグループの一員となりました。現在は約400名のスタッフと共に最新のツール、エンジン、プラットフォームを駆使し、制作活動を行っています。
Sparx*に差し迫った危機が訪れたのは今年1月の下旬、テト(ベトナムの旧正月)のお祝い後の数日間のことでした。この頃、COVID-19はスタジオの幹部に大きな問題として認識され始めており、感染リスクを軽減するために必要な、そして適切な対策について、高いレベルでの議論が促されました。初期の段階で「スタジオの閉鎖」が浮上したが、下記の理由により結果的に採用されることはありませんでした。
- スタジオ全体を閉鎖することは、Sparx*の評判が損なわれ、結果としてクライアントを失う可能性があり、企業としての信頼の喪失につながる。
- もしロックダウンが長引いた場合、同業界の他企業と同じように、一部のスタッフは給与削減/無給休暇を取る必要が出てくる可能性がある。
- スタジオが稼働しない場合、閉鎖期間中に新しいプロジェクトを確保する手段がなくなり、(その時点では)明確な終了日の目途も立っていなかった。
唯一の選択肢は、スタッフ全員を在宅させ、リモートでの仕事を許可し、スタジオの稼働を続行する「リモートワーク」を導入すること。多数の支持を得たこの案は可決されると同時にスタッフのシフトの取りまとめなど、導入にむけた緊急のタスクフォースがすぐに結成されました。そして、数日のうちに行動計画が作成され、その週末にトライアルが始まったといいます。
クライアントとの関係:ライアットゲームズの場合
ライアットゲームズ(Riot Games)は、コロナ禍でのSparx*の状況について真っ先に連絡を受けたクライアント企業の一つでした。
ここでライアットゲームズとSparx*の関係を説明しましょう。2019年9月、世界的に人気のMOBA『リーグ・オブ・レジェンド』の新しいスキンの開発をSparx*が担当することが発表されました。ライアットゲームズとのパートナーシップのもと、最初に開発された3つのスキンは、人気テーマの“インファーナル”に新しく追加された。

また、2020年6月、Sparx*とライアットゲームズは、『リーグ・オブ・レジェンド』制作スタッフが携わった最新FPS『VALORANT』の新しいスキンの開発も発表しました。本作は7月2日にグローバルで配信がスタートしています。
コロナの影響が深刻になりつつあった当初、Sparx*の完全なリモートワークに移行する計画が作成されたばかりで、ライアットゲームズは、スタジオの意図について最初に説明を受けたクライアントの一つです。Sparx*はさらにセキュリティ方法および作業が完全にリモートワークになった際に予想される生産性の損失に対する予測をライアットゲームズと共有しました。

ライアットゲームズのプロジェクトに取り組んでいるチームをリモートワーク遂行の先頭に立つよう選択する最終的な決定は、いくつかの要因に基づいていました。
第一に、ライアットゲームズ側は、Sparx*のスタッフの健康管理面を懸念していました。ミーティングを通じて、ライアットゲームズは、リモートワークの生産性よりも、Sparx*スタッフ全員の安全を確保することの重要性を強調し、Sparx*にとって新たな試みであってもリモートワークという働き方の提案を受け入れました。
しかし、いかなる状況でもゲーム開発や発表の進行に“待った”はありません。ライアットゲームズのプロジェクトのマイルストーンは、“予定通りの配信”でした。ライアットゲームズが提供するコンテンツは『レジェンド・オブ・リーグ』などのライブサービスゲームであるため、将来的なコンテンツはすべて、事前の入念な準備が必要であり、制作の遅延は絶対に許されません。したがって、ライアットゲームズの制作パイプラインが中断されることなく、継続できるということを保証しながら、新たな働き方は導入されていきました。
Sparx*にとってライアットゲームズは非常に重要なパートナーです。双方の信頼関係により、プロジェクトの慎重なマネジメントを遂行しつつ、リモートワークはスタートしました。
リモートワークの施行:問題と解決
リモートワークの計画、テスト、実行で3つの異なる問題が発生しましたが、糸口を見つけながら様々な方法で解決した。それぞれを見ていこう。
技術的な課題
通常のオフィス環境では問題ありませんが、一部のゲームエンジンの非互換性は、リモート作業で処理する場合特に問題になることが判明。これには、複数のアプリケーションの使用をサポートできる、適切な構成を見つけるための広範なテストが必要でした。スタジオが予期するもう一つの潜在的な問題として、モニター、接続ケーブル、描画用タブレットなど、社員が自宅でアクセスできる機器のクオリティもあげられています。
先制措置として、Sparx*の人事部は最初の数日のうちにスタッフのネット環境と設備状況に関するオンライン調査を実施し、社員が業務に必要な機器を持っていない場合は、スタジオから必要なものを貸し出すように手配。ハードウェアに加えて、ワークフローが中断されないようにするために、社員はリモートデスクトップアプリケーションに慣れる必要がありました。
- TG
圧縮アルゴリズムを利用して帯域幅を増やし、パフォーマンスを最適化するリモートデスクトップアプリケーション。これにより、Sparx*のアーティストとアニメーターは、オフサイトワークステーションとのインターフェース時に、接続の問題で中断されることなく作業を進めることができるようになった。 - RemoteFX
Microsoftの拡張機能であるRemotFXは、リモート接続を介したグラフィック情報の転送を最適化するリモートデスクトッププロトコルであり、スタジオのFXアーティストがすぐに利用できるのが利点。 - Datacloak
サーバーおよびワークステーションに格納されているデータを保護するために使用される、暗号化プログラム。業務上、IT機器は不可欠であり、IT機器接続のためには、信頼性を確保するために十分に確立されたサポートシステムを敷いた。
また、Zalo(ローカルソーシャルコミュニケーションプラットフォーム)でのテクニカルサポートグループチャットを作成、およびリモート作業機能に影響を与える技術的な問題に対処するためだけの目的で、1人のテクニカルアーティストと1人のITエグゼクティブを各チームへ割り当てました。
これらの問題点を解決した結果、Sparx*はすべてのスタジオスタッフが在宅で作業ができるようになったのです。

IPの保護
外部デベロッパーであるSparx*にとって、セキュリティとクライアントのIP機密性は最も重要です。
そのためSparx*は、進行中のプロジェクトごとにクライアントへスタジオ全体をリモート作業に移す計画を通知し、正式に許可を求める前に、その実行の詳細を提供しました。適切な許可が下りた場合のみ、Sparx*はスタッフに在宅で作業させる計画を進めることができます。
スタジオにとって幸いなことに、ライアットゲームズをはじめ、問い合わせを受けたすべてのクライアントから許可を得ることができました。結果的にリモートワーク実施から3週間後、Sparx*はすべてのITセキュリティ証明書を維持し、在宅で、適切な技術的ソリューションを使って安全に作業をすることにも成功しています。なによりSparx*は、スタッフの自主性と信頼が、機密性に割り当てられたより重要なケアに代わるということに気付きました。
生産性
オフィス環境での作業から、自宅からのリモートワークへの移行には、考え方を変えることが必要です。リモートワーク実施を決めた最初の数日で、Sparx*はスタッフ間の生産性の低下に直面しました。
しかしスタジオは、これは、初めてリモートワークを取り入れるという“カルチャーショック”からの一時的なものだと認識していたので、目標を達成したアーティストへの報酬を設定する期間限定のイベントを実施するなど、スタッフのモチベーションを持続させ、生産性を向上させる取り組みを開始。
これらの措置は、チームメート同士で励まし合い、また継続的にコミュニケーションをとるといったスタジオの文化によって補われ、最終的には生産性の回復をもたらしました。こうしてSparx*はすべての目標を達成することが出来たのです。
サラ・レインスティン(ライアットゲームズ プロデューサー)からのコメント
VirtuosのグループのSparx*は、非常に円滑に、精査された完全な形でリモートワークへの移行を実行しました。ブロッカーのステータスとその問題へ対処は、チームでタイムリーにシェアすることで解決しました。完全な移行後、1週間で、まるでインハウスのスタジオと仕事をやり取りしているのと同じペースでプロジェクトが進行したことは本当に素晴らしいことです。
リモートワークの実施から学んだこと
リモートワークの導入によるポイントは下記の通りです。
- Sparx*は、当初スタッフ20~25人程度でリモートワークを導入し、ベトナム政府からソーシャルディスタンスの命令が出される直前に最後のバッチを完了した。
- スタッフの安全を考慮し、合計400人以上のスタジオメンバーがリモートワークを実施した。
- リモートワークの計画から実行までにかかった時間は2~3週間だった。
- リモートワークの期間は合計3週間におよんだ。
- 全体の生産性100%を維持した。
Sparx*は、さまざまな問題における効果的なトラブルシューティングを通じて、リモートワークの実現に最終的に成功しましたが、この成功の貢献は間違いなく各スタジオメンバーが示したスタッフ間の結束力のおかげです。
Sparx*は、生産部門だけでなく、管理部門、経営、人事、IT、社内コミュニケーションなどの優れたチームを有しています。部門間を超え社員がサポートし合うことで、スタジオは全体として、急激に変化する状況を積極的に監視することで警戒を維持し、それに応じた対応ができたのです。スタジオ全体のコミュニケーションチャネルも完全に可視化し、一貫したメッセージで不安をやわらげ、不穏な噂を払拭することもできました。
管理チームの協調した取り組みに加えて、スタジオのカルチャー自体も、リモートワークへの円滑な移行を確実にするうえで重要な役割を果たしています。相互協力とモラルの維持という感覚がプレッシャーを跳ね除ける解放弁となり、スタッフが在宅の状態であっても、意図的に団結し、その関係維持を目的とした多くの草の根活動により完全なものになりました。今回の経験からニューノーマルな働き方を学んだSparx*は、スタッフの健康管理を第一に、現在もスタジオ一丸となり、グローバルな案件の制作活動に邁進しています。
【参考情報】
●Sparx*について
Sparx*(スパークス)は、3Dアート、VFX、アニメーション制作に特化した、アジアトップラスのスタジオです。2011年より、ゲーム開発と3Dアート制作におけるリーディングカンパニー、Virtuosのグループの一員となり、ベトナムのホーチミン市に拠点を持ち、約400名のスタッフと共に最新のツール、エンジン、プラットフォームを駆使して,制作に励んでいます。
公式サイト:https://www.sparx.com/en
※UPDATE(2020/8/18 09:54):一部画像を差し替えました。