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ビデオゲームにて、プレイヤーへタイトルのイメージを最初に印象付けるために利用される “キービジュアル”。
今回CEDEC 2020にて、株式会社バンダイナムコスタジオの指田稔氏による「オールドビデオゲームのキービジュアルを読み解く~歴史の中での役割とその価値の再発見~」のセッションでは、ビデオゲーム開発の歴史のなかで、そんなキービジュアルか歴史的にどのような変遷を辿り、いかにその価値を変えてきたかが語られました。
「えっ捨てた!?」破棄されることの多いキービジュアル原画とその理由とは
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指田氏は1990年に旧ナムコへ入社した、約30年キャリアを持つベテランです。そのキャリアの中で、古くからのナムコの名作や、入社後に開発されてきた様々なタイトルを観てきました。
現在のバンダイナムコスタジオになったあとも、ナムコ時代からの古いスタッフも在籍していることもあり、指田氏は歴史的な意義をまとめる考えもあって、旧ナムコの代表作となったキービジュアルについての保管状況を調べていったそうです。
ところが調査をしてみると、なんとキービジュアルの原画が少なくなく破棄されていることが発覚。70年代から使われていた手描きのキービジュアルや、80年代にナムコの黄金時代を形作ったキービジュアルのデータは残っていても、元となる原画が捨てられてしまっていたのです。
その理由はというと、極めてシンプルに保管しておく手間や余裕がないからだと説明。なぜ原画がぞんざいな扱いを受けやすいかと言うと、販促の構造に関係がありました。
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まず専門の画家やイラストレーター、社内のデザイナーにキービジュアルの原画を描いてもらいます。次に撮影したものをポジフィルムにしたあと、原画を広告やパッケージに使うために配布します。
ユーザーにゲームを宣伝するというキービジュアルの目的を考えると、ポジフィルムになった段階でかなりの目的が達成されているわけです。リアルタイムでの宣伝という観点からすれば、原画そのものが価値があるものではなく、あくまで宣伝プロセスにおいて中間製作の意味合いが強いものでした。そのため、宣伝が終われば原画が破棄されがちだったそうです。
しかし指田氏は、往年のキービジュアルがいまのようにデジタル制作ではなく手描きだったこともあり、「作品としての価値もあるのではないか」と考えました。
他にも指田氏がキービジュアル原画をサルベージするモチベーションとなった出来事を紹介。最近になって、オールドナムコのビジュアル復刻が行われたのを見たところ、「この企画があるなら原画は残っているのだろうか?」と思ったそうですが、なんと別データから作られており、ここでも原画が破棄されていたことに気づきショックを受けたそうです。
原画を見つけ出して保管しよう!本格的な活動へ
こうして指田氏は、本格的に原画をサルベージする活動を開始。まずは社内でヒアリングして、原画の在処について調査していきました。
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ところが調査ではわかったことは、原画の状態に関して曖昧で、そして管理されていない現状でした。「捨てていないはず……」、「どこかに保管してるんじゃない?」という回答をもらいながら、原画の現状についてまとめていきます。
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原画の状況は、担当者の退職などによって行方不明になったり、倉庫に保管されていたものだったのに引き払う際に処分してしまったなど、アーケードゲームの部署やコンシューマーゲームの部署によって管理が違うことを指田氏は指摘しました。
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さらに調査を進めたところ、「埋立地にある倉庫販促の保管ロッカーがあるらしい」と聴きつけます。指田氏は倉庫へ向かい、バールなどを持って行ってロッカーを破壊。なかには、噂どおり多くのポスターのサンプルや、原画が納められていたといいます。
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指田氏はここまでの活動を通して「思い入れのある人間が腰を上げないと、簡単に処分されてしまう」と痛感。あらためて「用が済んだものだし、置いておく場所もないから」という理由で捨てられてしまう現実を思い知らされました。
キービジュアルの原画に価値を作る活動
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指田氏は「保管しておく価値がなければとっておく価値はない」という現実に対し、どうすればいいか悩みます。
そこで思いついたことは、原画に「新たな価値を作りだす」ことでした。先のオールドナムコのように、すぐに商品化もできる企画を振り返っても、古いIPは需要がないわけではありません。現代でもに有効利用しやすくするために保管や整理を行うことで、そうした利用を促進しやすくする意図もありました。
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ひとまず社内調査や倉庫の調査によって、確認されたものやサルベージ可能なものについては一か所への集約が完了。
まず価値を高めるためにやったことは、キービジュアルの社内展示を行ったことでした。展示の脇に製品の簡単な概要も送付し、2カ月に一回、中身を差し替えるかたちで展示。30作品を展示し、現在も続けています。
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指田氏はあらためて原画について、「デジタルになれた目からすると、手描きの迫力は本当にすごい。印刷物の状態とは比較にならない」と生の絵肌が持つ力を語ります。
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こうした活動を続ける中で「◯◯周年イベントなどで原画を使いたい」などのニーズがわかってくるそうです。すなわち原画の価値が明確になってきたということでもあり、保管環境の改善ができるようになっていったそうです。
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保管は専門スタッフによる保護を依頼。データベース化し、3カ月ほどかけて保存とリスト化を行い、デジタルデータ化も行っていったそうです。
デジタルデータ化の方向はスキャナーを利用したデジタル化と、写真撮影によるデジタル化の2通りの方針で進められました。600dpi相当で取り込んだあと、ゴミやノイズを修正し、色調補正を行い、高解像度によるデータ化を進めていきました。
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原画においても「アーケードゲームはB2サイズの大きな原画が多い」といったお話も。
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保護の活動の中にはこんな苦労も。あるとき原画の中に白いドットのみが描かれたセル画を発見。いったいこれはなんなのだろう? と思っていると、なんと他の原画と二枚重ねにするエフェクトだったことが判明。『ファミリーテニス』のキービジュアルのひとつだったのです。
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こうしてリマスターした原画データは、たとえばバンダイナムコエンターテインメントのアミューズメント施設である MAZARIAにて展示を行ったり、フランスのアートウォッチブランド「ラプス」とのコラボレーションウォッチの企画に起用されたりするなど、新たな展開に繋がりました。
指田氏は保管環境を作り、リマスターしたことで、今まで以上の価値を作ることに成功しました。ですが、まだまだ課題は残っているといいます。
たとえば90年代後半から00年代には、キービジュアルの原画の制作はデジタル作画になっています。完全にデータ化されており、一見データベース化は容易ではないかと思われますが、指田氏は「意外と難しい」と漏らします。
というのも、原画の元データが誰のPCに残っているかわからないといった問題があるため、本格的に行うには困難が予想されるためだそうです。そのため、指田氏はこの年代のキービジュアル保管に関してはまだ着手していません。
キービジュアルがら読み解ける、各時代のゲームの背景
さて、キービジュアルの歴史をいまあらためて振り返ることで、「懐かしい」と感じる以外にどんなことを読み取れるのでしょうか? 続いて指田氏は、各時代のキービジュアルを見ることで、さまざまな情報が読み取れることを説明していきます。
そもそもキービジュアルとは、商品コンセプトを的確にユーザーに伝えることが目的のものです。ビジュアルの印象からお客さんにおもしろそうだと思ってもらうことが第一なのですが、これが「時代によって違う」と指田氏は指摘します。
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そこで例に挙げられたのは『ギャラクシアン』のキービジュアル。これはナムコのタイトルとして大ヒットを記録し、キービジュアルが一枚の絵で描かれた初めてのタイトルでもあったそうです。グラフィックデザインは社内で描かれたものだと伝えられています。
では今、キービジュアルを見てみるとどんな情報が読み取れるかを指田氏は説明。ビジュアルにていくつか気になる点を取り上げ、たとえばコピーに「文明への挑戦か。宇宙怪獣来襲!たて!銀河戦士!」と載っていたり、2人乗りの機体であったりする点などを(ほとんどツッコミみたいなかたちで)取り上げていきます。
指田氏はそんな気になる点について、「キービジュアルで世界観が提示されているが、ゲームとの整合性はまったくない」と語ります。当時のゲームが表現していたのは、ドット絵による、ゲームデザインもシンプルなシューティングでした。今のように広大な世界観も描かれていなかったぶん、「世界観を想像してもらう目的があったのではないか」と指田氏は考察しました。
ゲーム本編との整合性の無さについては、「出せばなんでも売れた時代なので、キービジュアルのイメージ合わせも今よりシビアではなかったのではないか」と指田氏は考えたそうです。
『ギャラクシアン』の稼働は1979年なので、『宇宙戦艦ヤマト』や『スターウォーズ』が流行っている時代にもかかわらず、その影響が見られないビジュアルがすごいとも、あらためてキービジュアルを観た指田氏は思いました。
こうした、少々サイケデリックさもあるビジュアルにした理由については、「先進的なメディアであるビデオゲームを表現する意味があった」と指田氏は推察。いわば、プログレッシブロックなどのレコードジャケットの発想に近かったといいます。そう言われてみれば、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの「タルカス」やイエスの「海洋地形学の物語」あたりのジャケットの雰囲気によく似ているような気もします。
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続いて『ゼビウス』のキービジュアルになると、世界観についての描写が一転。世界設定が丁寧に作られていたからです、当時はそんなゲーム自体が新しかったそうで、ゲームがスコアアタックだけではなく、世界観を楽しむ転換点になった作品ではないかと指田氏は振り返りました。
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そしてファンタジーのアクションが魅力である『ドラゴンバスター』では、雄大さと淡さが混ざり合ったビジュアルを見せています。
80年代は『ザナドゥ』や『ブラックオニキス』などファンタジーが多い時代であり、そこにキービジュアルを合わせたものだと考えられています。指田氏は「非常に美しい、壮大なイメージ」だと語りました。ただ、残念ながらこちらも原画は失われてしまっているそうです。
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3DCGが主役の時代になると、キービジュアルの役割もまた変わります。1994年の『リッジレーサー』では、キービジュアルが描かれたものの、なんとパッケージに使われませんでした。パッケージには、3DCGで描かれた車が採用されていたのです。
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その理由は、当時のプレイステーションは家庭で3DCGのゲームが遊べる魅力を押し出したかったからだといいます。そのため、ゲーム画面にレンダリングを加えたものをそのままパッケージにしたそう。指田氏は「このあたりの年代はそうしたものが多い」と説明。90年代の中ごろから手描きがなくなり、CGで書き起こされることが増えていきました。ちなみに『リッジレーサー』の手描きキービジュアルは、パッケージ裏に使われていました。
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そんなプレイステーションやセガサターンの時代を感じさせるのが、『プライムゴール』です。スーパーファミコン時代から存在するシリーズですが、プレイステーションからソフトはCDロムになるということで、パッケージもCDを模したフィールドが描かれるようになりました。これもコンソールの世代が変わるときの時代を感じさせる一枚ではないでしょうか。
現代のキービジュアル
こうして過去の名作におけるキービジュアルを振り返りながら、いよいよ現代のキービジュアルについて解説されます。
指田氏は、現代では「ユニークなコンセプトが求められるようになった」と指摘。
キービジュアルに求められるものがよりシビアな条件になっていったといいます。キービジュアルに必須なのは、ひとことで商品のコンセプトです。「この製品は、どんなアイディアでお客の満たされていないニーズを叶えてあげるか」がその目的とされます。
ビジュアルで商品コンセプトの魅力を余すことなく表現できるか、世界の持つ雰囲気やキャラクターといったビジュアル要素を表現できているかがチェックされるそうで、これもビデオゲームがより世界観や物語をゲームプレイするものとなり、あらかじめお客さんに本編を期待させなければならない水準が変わったということなのでしょう。
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そこで代表例に挙げられたのが、昨年好評となった『エースコンバット7』です。本作のニーズはシリーズを通して変わっておらず、基本的に「プレイヤーは本作を遊ぶことで、360度を飛び回り、敵機と闘うエースパイロット体験」がメイン。
シリーズは毎回、ビジュアル表現への挑戦しています。『エースコンバット7』でも雲を使った表現への挑戦を行っていました、そこでキービジュアルでは、密度のある空が埋め尽くし、雲を突き抜け、機体が現れる姿を描いたそうです。指田氏は「過度に説明的にせずに、端的に世界観を見せている」とキービジュアルを評価しました。
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続いて開発中のタイトルである『テイルズ オブ アライズ』を紹介。新生テイルズシリーズということで伝統的なものを変えることをテーマとしているそうですが、シリーズには多くのファンがついているため、コンセプトを変えるのは慎重に行わなくてはならず、苦労があるといいます。
そういうコンセプトを表現するため、今作ではふたつの星を見せ、主人公ふたりの関係を盛り込んみ、ダークな雰囲気を出しています。「いろんな挑戦の見られるビジュアル」と指田氏は評していました。
キービジュアル保存と今後の運用
指田は今回セッションのまとめとして「オールドIPは整理、デジタル化することで、新たに価値を持つことが出き、需要を促進できる」と語りました。
過去のキービジュアルは、現代においても開発者の資産としての価値があり、「古きを知って新しいものを作る」のはいまでも大きな効果があるといいます。「貴重な知見として、新しいものを生み出すための燃料になりえるのではないか」と指田氏はその価値を後押しします。
そしてもちろん、キービジュアルにはさまざまな人々の心に刻んだ背景があります。時代が変わっても、同じ開発者の作ったものを見ることで、多くのものを見出せるのです。
最後に指田氏は、絵というものは心に残るものであり、作ってきた歴史を象徴するものだと語ります。「今後は、キービジュアルを一般に向けて、コンテクストと共にアートとしての見方、価値を広く提供していきたいと思っています」とセッションをまとめました。