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国内最大のゲームカンファレンス「CEDEC2021」が8月24日から26日にかけて開催され、「『SCARLET NEXUS』サウンドトーク」のセッションが公開されました。
本セッションでは、今年6月にリリースされたアクションRPG『SCARLET NEXUS』にて実装されたサウンド表現について解説されました。主にフリーロームからバトルへの移行におけるシームレスかつインタラクティブなサウンド表現を、ディレクションや制作、実装それぞれの視点からこだわりを説明していきます。
スピーカーにはCRI・ミドルウェアの柴田修作氏と、バンダイナムコスタジオ中鶴潤一氏、トーセの中村雅人氏が登壇し、本作の音の秘密について語りました。
インタラクティブなBGM変化の実装
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『SCARLET NEXUS』のサウンド開発体制は、バンダイナムコエンターテインメントがプロデュースとパブリッシングを担当し、バンダイナムコスタジオがディレクションや音声、演奏の収録コーディネートを、トーセがサウンドデザインとアセット制作し、Unreal Engine(以下、UE4)とCRIWAREで実装していく座組となっています。
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まず最初に「インタラクティブなBGM変化」について解説されました。これは街といった通常のロケーションBGMから、敵にエンカウントするとシームレスにバトル用BGMに遷移し、戦闘が終わるとまたロケーションBGMに戻る……という、プロセスを指しています。
こうしたインタラクティブの制御はトーセ側から試作段階から提案されたそうで、手間はかかるものの「バトルの演出としては効果的だった」とのことです。この手法はバトルだけではなく、イベントへの遷移でも採用されています。
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続いて提案したトーセ側として、中村氏がインタラクティブBGMの構成を解説。
主にデータ構成はロケーション用、バトル用、イベント用のBGMを用意。これらはシームレスに遷移させるためにBGMのテンポとコード進行、楽曲の構成が同じである条件があり、3つのトラックをゲームの状況に合わせてクロスフェードでつなげることで、ゲーム中で自然に音楽が変わったように感じさせるというわけです。
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実装にはCRI ADXのAISACとアクショントラックの機能を利用したとのこと。AISACとは、CRI ADXにおける個々の再生単位である「Cue」というパラメーターをコントロールする仕組みを持っています。
この機能では0.0から1.0までパラメーターを連動させることができ、AISAC側であらかじめ設定していた音程の変化を与えることができるのです。
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アクショントラックとはCueのタイムラインを使い、各トラックの再生パラメーターをコントロールする仕組みです。
ロケーションやバトル、イベント間のBGMの遷移ではAISAC側でそれぞれのトラックのボリューム値を変化させるように設定し、アクショントラック側でAISACをオートメーション化することにより、クロスフェードによる遷移を実装させているとのことです。
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AISACの設計では、Cueのパラメーターの値にて各トラックの音楽が流れるようにしています。AISACの値が0.0の時はバトルのBGMが流れ、0.5の時にはロケーションBGM、1.0の時にイベントBGMが流れるように設定しているとのことです。
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仕組みとしては、AISACの値が変動するごと合わせ、各トラックに設定されたボリュームが増減される構成となっていることで、3つのトラックを重ねた状態でも自然な遷移を実現しているそうです。これらをアクショントラックに設定することで、制御するシステムを構築しています。
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続いてドライヴ時のBGM変化について解説。『SCARLET NEXUS』ではバトル中にドライヴゲージをMAXまで溜めることで、主人公の姿が変わり、強化した戦闘が可能となるシステムがあります。このドライヴモードに合わせてBGMが変わるシステムも実装されており、ここではどのようにそれを行ったかが語られました。
ドライヴモードでは、バトルBGMのピッチを挙げ、心臓の鼓動のようなリズムを追加したBGMへと変わります。これを実現するために、もともとのバトルBGMとのピッチとテンポを合わせることが重要とのこと。
データの構成はリズムパート以外、リズムパートとドライヴ時用のリズムパートの3つを用意。先述のようにAISACとアクショントラックを利用し、音程の上昇とリズム隊のクロスフェードによって実現しています。
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AISACの設計では、0.0の時はバトル中の通常、1.0の時にドライヴ時のリズムに遷移するようにしています。まず全体の音程を上げるためのAISACを設定。
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続いて通常時のバトルにおけるリズム隊がAISAC値の上昇と共にフェードするように設定。そこに合わせる形でAISAC値が上がるにつれて、ドライヴ時のリズム隊が浮上することで実装に成功したのだそうです。
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最後にイベントBGMへの遷移について説明。『SCARLET NEXUS』のイベント演出は、通常のムービーシーンに加え、ビジュアルノベルのようなスタティックカットシーンという演出で構成されています。
これらのシーンに合わせたBGMでは、音からの長さを感じさせないよう、繰り返しになりづらい構成となっているそう。さらにキャラの台詞にも合わせてシーンに合わせる曲も変わるという演出も行われています。
しかし、細やかな演出に合わせて曲を用意していくのは相当な物量になってしまうため、制作コストが肥大化する問題が生じてしまいます。演出とコストのバランスを考えた結果、一部のイベントにおいては1つのBGMを複数のバリエーションに分けて、進行に合わせて演奏していく構成をとったそうです。
このイベント曲バリエーションの切り替えの説明には、一例としてピアノと弦楽器を使ったBGMを紹介。まずピアノのみのトラックと、それからピアノ、弦楽器のトラック、そして全パートが揃った完成系のトラックに分けられた構成を採用しています。これら3つのトラックをイベントの進行に合わせて切り替えていくシステムをとったとのこと。
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またバトルシーンから、戦況に応じてイベントに遷移するパターンについても解説がありました。こちらの遷移ではブロック再生を利用した切り替えを行ったとのことです。ブロック再生とは、ひとつのCueを複数のブロックに分けて構成し、各ブロックの遷移条件い従ってトラックを再生していく仕組みとのことです。
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上の図の真ん中にあるように3つのブロックがあるとします。各ブロックごとに遷移する条件が決められており、たとえばブロック1では特に条件もないためそのままブロック2へ遷移しますが、ブロック2では指示がない限りはループし、指示によってブロック3へ遷移する、というルールになっています。
ストーリーを表現する、ボイスのこだわりについて
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さて『SCARLET NEXUS』は多くのキャラクターを生かすゲームでもあるため、ボイスの存在も非常に重要となっています。 榎木淳弥さんや瀬戸麻沙美さんといった声優が主演を務めていることもあり、力の入ったものです。
ここではキャラクターボイスが「かけがえのない存在」だと振り返られました。ストーリーや状況の表現としても重要であり、しっかり聞こえるバランスを重視したとのことです。
バトルボイスの変化は、ストーリーや心情を表現に合わせるかたちで表現されているとのこと。たとえばSASという仲間の能力を受け取るとき、仲間とまだ仲良くなっていないときと、物語のなか仲が深まったときとではボイスが変化する仕組みをとっているそうです。
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次に登場人物たちが脳内で何気ない会話をしたり、トークする演出であるブレイントークについて解説。これは「口で会話しているものではない」とのことから、バトル中の音声とトーク音声がぶつからない様にするために、通常は必須であるボイス発音の排他処理をあえて行わないようにしたとのことです。
つまり、ブレイントーク中に仲間と脳内で喋っている時でも、フリーロームやバトル中に剣を振ったときの掛け声も再生される演出を取ったわけです。世界観を表現するために、本作ではあえてお約束から外れたものにしたといいます。
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日英でのボイス制作においても紹介。こちらはCRI Atom Craftの機能を利用して行われたとのこと。
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こちらの実装には、プロジェクトツリーの言語設定に必要な言語を追加し、言語設定の参照フォルダ名の指し示すマテリアルフォルダーに各言語分のソースファイルを格納していくそうです。
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ボイスデータの作成には、編集中の言語のマテリアルをキューに登録し、言語を選択してビルドすることで完了します。
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また、音声収録においてはコロナ禍によって、リモート収録に切り替えざるを得なかった事情も語られました。
基本的に日本語収録のあとに英語収録するプロセスを交互に行うスタイルで進めていましたが、2020年の2月ごろから新型コロナウイルス感染症の流行により、海外ではロックダウンを行ったために現地収録ができなくなってしまったそうです。
そのため、途中から英語圏の声優が自宅で音声を収録するという、リモート収録の環境の変更を余儀なくされたとのことで、手探りでの対応になったと振り返ります。
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リモ-ト収録においては、当然、各声優の自宅ではスタジオと違い、環境に差があります。なので、事前に各声優からテスト波形をもらい、それを元に収録済みのスタジオ音声と比較して、差があったら声優側で毛布を貼ってもらうなど、なんとか環境の差が直接的に音の差異に繋がらないような対策が進められました。
こうしてリモート環境でもスタジオ収録と遜色ない質のものを確保。それでも差があればポスト処理して調整を重ねていったそうです。特に小声のボイス収録のときにはノイズがどうしても問題になってしまうという苦労も語られました。
バンダイナムコエンターテイメントの完全新作として登場した『SCARLET NEXUS』。その独特の作品世界を広げるための、音作りの魅力がよくわかるセッションとなりました。