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大きなカルチャーとして根付き始めているコンテンツに対し、それを国が後押しするというケースがあります。それはここ数年毎日のように取り沙汰されるeスポーツやメタバース、Web3.0といったものも例外ではなく、日本では経済産業省(経産省)が主にそれらを推進していますが、国はどのように関与し、その出口はどこになるのでしょうか。
今回は、経済産業省 商務情報政策局 コンテンツ産業課・上田泰成氏へインタビューを実施。eスポーツやメタバース、Web3.0といった事柄に対し、経産省としてどのような視点を持ち、後押ししていくのかを語っていただきました。
――まず最初に、上田さんの経歴をご紹介いただけますか。
上田:大学卒業後、文科省の初等中等教育局で4年ほど義務教育関連の業務を担当していました。その後、平成30年からは経産省にて、知的財産政策や成長戦略実行計画の取りまとめ、そしてコンテンツ産業としてのゲームやeスポーツ、バーチャルスポーツ、メタバースやWeb3.0に関する業務を担当しています。
――政府としてIPやコンテンツに関わる業務を取りまとめるというのは、かなり大変なことだと思います。例えば、直近で行われた「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会調査事業」などはどのようなことを行っていたのでしょうか。
上田:まず前提として「日本の勝ち筋」をどこに求めていくか、という話があります。メタバースを構成する7つの要素(体験・発見・クリエイターエコノミー・空間コンピューティング・分散化技術・ヒューマンインタフェース・インフラ)のうち、体験・発見・クリエイターエコノミーを「競争領域」、残りを「協調領域」と定め、それぞれの勝ち筋を考えています。
体験・発見・クリエイターエコノミーといった領域に関しては、日本が元々得意とするものです。コンテンツIPを軸にしたカルチャーから経済圏を確立していく。おそらくこれは企業単独でも日本は勝てると思います。ただ、「協調領域」とした技術的な面については、企業単独では中々勝ち目がありません。オールジャパンで、それぞれの強みを補いながら、技術的な面を支えていく。ここまでが前提です。
その上で、コンテンツに関わる部分、特に「クリエイターエコノミー」の部分を中心に国内外へどう打ち出していくかを、クリエイター目線で考えよう、というのが「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会調査事業」になります。2022年7月頃から立ち上がり、来年度には報告書を公表する予定です。
――「経済産業省presents『メタバースファッションコンテスト』」なども実施されていましたね。
上田:「メタバースで国旗を見るのは初めて」など、様々な反応がありました。ダイバーシティの最たるメタバースで自己表現をする、そういうクリエイティビティは日本人が得意とする部分です。それを作り出すクリエイターは、今どういうことを課題にしているのか。toBの部分で、目指すべき表現とのギャップやグレーゾーンになっているものというのは、クリエイター目線で考えると多くなっています。まずはそこを洗い出していこうという環境整備も考えなければなりません。
ただ、環境整備だけだと政府がメタバースを応援しているというのが、エンドユーザーに届きにくいんです。今回のファッションコンテストも、規制緩和や環境整備を踏まえながら、政府が寄り添っているというのを周知する一環として実施しています。
――eスポーツのときもそうでしたよね。
上田:おっしゃるとおりです。
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――メタバース周りも「プロダクトがあって、人が集まる」、「人を集めてから、プロダクトを作る」といったように形を作っていくのが難しい領域かと思いますが、どのように捉えていますか?
上田:今のメタバースでは、単発イベントで集客してマネタイズというのに留まってしまっており、それも限界が来ています。その中でひとつ可能性があるのは、クリエイター自身がコンテンツになっているという世間の状況を踏まえ、クリエイターとそのファンコミュニティをメタバースプラットフォームに惹きつけておくという戦略を軸に展開していくことだと思っています。
――まずはクリエイター自身が「良いよね」と思える仕組みを作ることが重要と。
上田:そうですね。「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会調査事業」においても、目指すべきはYouTubeだと思っています。YouTubeの普及から動画編集の難易度が下がり、日本人が生来持っているクリエイティビティの強さを、誰もが活かして投稿できるようになりました。メタバースもまずは参入障壁を取り払い、誰でもアクセスできるような環境になればカルチャーとして自然に成立するはずです。そこに至るまでの環境整備をまずは政府ファーストでやらなければならないと思っています。
――ちなみに、政治家の方たちはメタバースをどう捉えているのでしょう。
上田:一度自民党の方々に呼ばれ、勉強会を行いましたが、例えば操作方法などの技術的なリテラシー部分は別として、興味や関心は持っていて、可能性も感じられているという感覚です。
また、これはeスポーツもそうですが、マニフェストにこういった文化を盛り込みたいから教えてほしいという話はよくあります。票を集めるため、というのはもちろんそうなのですが、どちらかと言えばeスポーツやメタバースといった若者中心の文化を知り、若者とのコミュニケーションをとることを意識していると感じます。
――国も含めてフォーカスしているというのは、とても良い兆候だと思います。そんなWeb3.0やメタバースですが、eスポーツとの相性というのはどう見ていますか?
上田:eスポーツ×Web3.0の事例として「Fan Controlled Football」というスポーツリーグがあります。ここでは、各チームがNFTや仮想通貨を活用したDAO(Decentralized Automous Organization:分散型自立組織)的な運営をしており、ファンは専用のトークンを使用して、チーム名やロゴ、選手の強化・トレードなどに投票することができます。特に欧州などで市場を拡大しており、eスポーツ分野でも中央集権的ではなく、分散型のチーム運営ができる時代が近づいていると感じています。
ただ、公共性のある「ゲーム」という媒体において、NFTや仮想通貨を持っているファンしか干渉できないという“縛り”が入ってしまうのは、元々のゲーマーやeスポーツを見て楽しんでいた方たちは距離をとってしまうのではないかと。そこがeスポーツ×Web3.0の難しいところだと思います。
マイニングにゲーミングPCが使われ、グラフィックボードが高騰してしまい、純粋にゲームを遊びたい層が割りを食ってしまったこともあり、ゲーマーのNFTやブロックチェーンに対する不信感は根強く残っています。eスポーツ×Web3.0の取り組みも出てきてはいて、可能性としても十分あるのですが、まずはコミュニティづくりやゲーマーのリテラシーを考えて展開していく必要があると感じています。
――安易に紐付けはできない。
上田:そうですね。これはメタバースも一緒で、純粋に非現実感を楽しんでいたところにNFTやブロックチェーンで“稼ぐ”や“投機”という話が出てくると嫌悪感を感じてしまいます。eスポーツもメタバースも。どのコミュニティに自社のサービスをフィットさせるためのNFT/ブロックチェーンなのか、というのを見極めなければ、ハレーションが起きてしまいます。これから新規参入を考えている方々は、留意しておくべき点だと思います。
――コミュニティのインサイトを把握できないのであれば、参入する意味はあまりないと。
上田:本当にメタバースが必要なのか、Web3.0が必要なのか、eスポーツが必要なのか。まずはそこから考えるべきです。どれもまだ未成熟な領域であり、リスクは多いです。自社の競争力の源泉を改めて振り返り、その上で可能性を感じたのであれば、小さな事から実証実験を始めてトライアル&エラーを行うべきです。
特にWeb3.0では金融や税制の軸、法的な規制への対応も必要になってきます。ユースケースをひとつ立ち上げるのであれば、最初の段階から事業部・法務部・会計部の意思疎通を整理しておかないと、いざ世に出すときになって法的に難しいということがわかり計画が潰れてしまうというケースも多くあります。実際、順調に立ち上げているゲーム系企業などは、関係部署を巻き込んでしっかり社内で醸成させてから世に出しているものが多いです。
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――ファイナンスの部分はたしかにそうですね。だからこそスタートアップ企業が触りやすいと。
上田:今まではクリエイターというのは、純粋に自分の作りたいものに対するスキルを磨いていればよかったのですが、Web3.0となってくると、クリエイターにも金融リテラシーを求めることになります。単純にそれは難しいですし、自分の作りたいものを作れなくなるのではという声も出ています。そういう意味でも、スタートアップ企業が触りやすいというのはありますね。
――eスポーツなどは既にレッドオーシャンという話もありますが、どう感じられていますか?
上田:マネタイズできるケースは多くはないというのが正直なところです。
コロナ禍でのオンライン開催によるeスポーツの可能性というのも徐々に見えてはきましたが、やはりeスポーツの収益は「波及」の部分にあると考えています。イベント会場でのグッズ販売や、選手との交流イベント、地方創生など、リアルに紐付けていかなければなりません。オンラインのみで完結するのはeスポーツの強みですが、それだとパイは増えないんです。
そういった意味では余地があると思いますが、コロナ禍が比較的落ち着いた今このタイミングで「もう一回チャレンジしよう」という企業が増えていく、そして大谷翔平のようなスタープレイヤーが生まれる必要があるのではないかと思います。また、既存のスポーツのように、エンタメ性を重視した工夫なども必要になってくるのではないかと考えています。
――ある意味でチャンスではありますが、ただ参入するだけではやはり厳しいと。
上田:「Z世代におけるeスポーツおよびゲーム空間における広告価値の検証事業」にもありますが、これからの消費者層の中心となるZ世代に対してどうコミュニケーションをとり、自社のサービス・製品を届けるかを考えなければなりません。極端な話、Z世代とコミュニケーションをとれない、Z世代のニーズがデジタルな部分にあるというのを理解できない企業・文化・政治は廃れていくと思います。
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「Z世代におけるeスポーツおよびゲーム空間における広告価値の検証事業」より
――経産省がここまでeスポーツに対して向き合っているのには、どういったきっかけがあり、どこが出口となるのでしょうか。
上田:eスポーツ文化自体は、経産省が手をつけなくても伸びていくと思っており、将来的には手を引くことも考えています。ただ、eスポーツの周辺産業やインバウンド、地方創生といった波及効果の部分でビジネスパッケージが増えてきており、中でもeスポーツと地方創生というのは海外には事例がまったくなく、日本独自のビジネスパッケージとなっています。これを海外へ展開していく際に、経産省として何か後押しができないか、というのがきっかけです。eスポーツそのものというよりかは、既存のパッケージにeスポーツという付加価値を付けるブランディング戦略として、国が後押しするというのがひとつの出口戦略です。これは日本のならではの良さを海外へ打ち出すとともに、海外の人が日本の良さを持ち帰るということにも繋がります。
エンタメのグローバリゼーションも進んでいますが、日本がそれに適応するのはまだまだ時間がかかると考えています。それであれば、日本独自の付加価値を付けて海外へ展開していくほうが、日本として勝ち筋を見いだせるのではないかと思います。
――先日KPMGへインタビューした際も、eスポーツ×地方創生は日本独自のものであるとおっしゃっていました。
上田:eスポーツを起点に地元のアピールをしようというマインドもできあがってきています。実際に踏まなければならない手順なども様々ありますが、これから知見が貯まっていけば、日本独自のコンテンツとして成立するのではないかと考えています。
――経産省ひいてはコンテンツ産業課では様々なコンテンツを推進していますが、eスポーツはどのような位置づけになるのでしょうか。
上田:2025年の日本国際博覧会(万博)でのコンテンツのひとつとしてバーチャル×eスポーツがあり、2026年にはアジア競技大会が名古屋で開催されます。2025~2026年にかけてのロードマップは既に見えていて、今から走っていくところですね。国としてこの熱量が下がっていくことはありません。
――なるほど。例えばドイツのeスポーツビザのように、政策としてeスポーツを支援していくようなこともあるのでしょうか。
上田:私自身構想はありますが、やはり政策や法律というのは、政治家や有識者の方々にご理解いただく必要があり、最終的には国会で承認されなければならないので、時間がかかります。また、仮に今eスポーツ推進法などができたとしても「今更感」があると思います。ただ、今後日本におけるeスポーツに大きな状況の変化があるかもしれません。その際に、迅速に動けるよう今から味方を作っておくのは重要だと考えています。
――国を動かすというのはやはり大変なことなんですね。本日はありがとうございました。
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