今回はその続きです。
ですけれども、前回に予告しましたように、ただの雑記ではなく、今回のノートの最後には、未来への提言などもまじえていくつもりです。さあ、話しはどこへ飛ぶのやら、まずは思いつくまま書いていきましょう。
■2009年9月から東京
ソーシャルゲームのことを考えている。私以外にも、誰かがソーシャルゲームのことを考えているに違いない。なんの気なしに、Google insights for searchを使ってみた。ものすごく省略して言ってしまうと、これは・・・いつ、どこに住んでいる人がGoogleで検索したのかが、わかるしくみだ。誰でも使える。
「ソーシャルゲーム」と入力してみて驚いた。「東京」しか表示されない。私は一生懸命にノートを作成しているが、これは東京の人にしか読まれないのかと不安になった。そしてもうひとつわかったことがある。検索件数が、2009年9月から激増している。そして、2011年3月がピークになっている。以降、少しグラフが下向きになっている。
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Google insights for searchより。検索ワード「ソーシャルゲーム」。
(*2011年5月11日現在)
■阪神タイガース
繰り返すが東京だけ、というのは異常なのだ。普通は上位10件の都道府県が表示されるのがGoogle insights for searchの特徴だ。試しに「阪神タイガース」と入力してみた。すると、甲子園球場がある地元・兵庫県が一位で、以下、関西地区を中心に府県名が並ぶ。きわめて順当な地域別人気度が表示される。
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Google insights for searchより。検索ワード「阪神タイガース」。
(*2011年5月11日現在)
■とりわけ目黒
Google insights for searchの便利なところは、地域を世界規模で知ることもできるし、狭い範囲に絞ることもできる。東京の中でも、どこに住んでいる人が「ソーシャルゲーム」を検索しているのか調べたら、またビックリ。目黒区が圧倒的に多かった。1位は目黒で、2位は東京23区。3位以下は表示されない。表示されないというのは、検索件数が少ないという意味である。
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Google insights for searchより。検索ワード「ソーシャルゲーム」。
(*2011年5月11日現在)
■乱暴な結論
こんなこと、本当の論文で書いたら叱られるが「ソーシャルゲーム・目黒説」。
ソーシャルゲームの開発・業界動向に関心が高いのは、東京都目黒区である。ソーシャルゲームは目黒でつくられ、目黒で関心を持たれている。
非常にローカルな話になるが、私の仕事場の坂道を降りると、目黒区の中目黒駅がある。確かにこの界隈は、ソーシャルゲームを開発している会社が多い。古典落語に「目黒のさんま」という演目があるが、今は「目黒のソーシャルゲーム」なのだ。
MobageやGREEには2000万人超の会員がいる。しかし、目黒区以外に住んでいる人は「さあ、今からソーシャルゲームを遊ぶぞー」と意気込むこともなく、まったく無意識のうちに『怪盗ロワイヤル』や『釣りスタ』を遊んでいる。現代ソーシャルゲーム産業地図は、「目黒とそれ以外」の地域に分かれている。すごいぞ、目黒。
■社会とソーシャルゲーム
ところで、ソーシャルについても考えた。
ソーシャルは英語で書くとSocialで、意味は「社会的な」だ。
私は過去の記憶の旅に出る。はじめてソーシャルゲームという名を耳にしたとき、体内でザラっと音がするような感覚がした。
社会とは、規模にかかわりなく「継続的な意思疎通がある人間の集合体」を指す。社会学という学問があるが、家族社会学という最小単位の人間関係をあつかったものから、国際社会学まである。
ソーシャルゲーム。直訳するならば、社会的なゲーム。くどくなるが、その意味は「継続的な意思疎通がある人間の集合体」のためのゲームのことだ。
しかしながら、ソーシャルゲームがソーシャルゲームと呼ばれた理由は、社会的なゲームだから、命名されたわけではない。SNS、すなわち、ソーシャル・ネットワーキング・サービスがまず、ありき。そこに供給されたゲームが、のちにソーシャルゲームと呼ばれるようになった。たぶん、一番早く言い出した人は、東京都目黒区の人だろう。すなわち、ソーシャルゲームは、「継続的な意思疎通がある人間の集合体」を特別に意識して生まれた呼称ではなく、SNSの存在を介して生まれた派生語である。
社会の本来の意味と、派生語として生まれたソーシャルゲームは、同列に扱うには抵抗感があり、私の言語感覚がざわめいたのだ。
断っておくが、これはあくまでもソーシャルゲームという呼び名の問題だ。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスを運営している企業は、社会を意識している。社会のために存在しようとしている。
私はGREEの社名の由来が好きだ。
同社ホームページに記載されていることを、以下引用する。
GREEは、6次の隔たりを意味する「Six De"gree"s of Separation」という統計学・社会学の仮説から名付けられました。
これは、米国の心理学者スタンレー・ミルグラム(Stanley Milgram)の「人は、自分の知り合いを6人以上たどっていくと、世界中の人とつながりを持っている」という仮説で、1967年に行われたスモールワールド実験(Small World Experiment)によって検証され、広く知られるようになりました。
http://www.gree.co.jp/corporate/origin/
■原義主義
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■原義主義
と考えると、今、使われているソーシャルゲームは、適訳ではない気がしてきた。
前回、パッケージゲームとソーシャルゲームの長所、短所などを比較した。だが、あれは現行の(曖昧な)定義のもとに行ったもので、本来はソーシャルゲームとは何者なのかを今一度考えなおす時期が来ていると思う。となれば、私はソーシャル=社会的という意味を重んじたい。原理主義者ならぬ、原義主義者になる。
■ソーシャルゲームを再定義する
原義主義とは、簡単にいうとこういうことだ。
社会のありようと、ゲームが結びついておもしろいもの。それはすべてソーシャルゲームではないのか。ソーシャルゲームではないものとは何か。ひとりでコンピュータを操作して完結しているゲームである。これらのゲームをプライベートなゲームと呼ぶことにしよう。
このように再定義をすると『モンスターハンター』は学校社会や地域社会と結びついているからおもしろい。ソーシャルゲームの一種だ。『ポケットモンスター』もソーシャルゲームだ。
つまり、家庭用ゲーム機で動作するパッケージゲームでも、遊びの本質をとらえれば、ソーシャルなゲームはたくさん存在することになる。アーケードゲームも同様である。『甲虫王者ムシキング』はソーシャルゲームである。
逆に、SNS上で供給されていても、スマートフォンを使って遊んでも、それが一人で完結している遊びならば、ソーシャルゲームではなく、プライベートなゲームということになる。
ところが、現在のところ、家庭用ゲーム機というプラットフォーム上で動くゲームは、ソーシャルゲームとは呼ばれない。いっぽうでMobageやGREEが供給しているものは、ひとり遊びのパズルゲームでもソーシャルゲームと呼ばれている。
この区分は慣例主義にもとづくものであって、私が考える原義主義とは異なるものなのだ。
■お金の問題
次のようなご指摘もあるだろう。
対価、つまりお金を先にとるのはパッケージゲーム、無料なのはソーシャルゲーム。
この区分は確かに存在する。両者の境目があることに私は同意する。しかし、この境目は今までの商習慣を指しているのであって、「社会的な」とは異なる次元の論議だろう。私は慣例によって、パッケージゲームも、ソーシャルゲームも凝り固まってしまうことを、もったいないことだと思っていて、今後は融和……いろいろなパターンの組み合わせが誕生していくことを願っている。
果たしてゲームの値段は、5000円を超える、中には1万円にも近い価格のものと無料の二者択一でいいのだろうか? もっと多くのバリエーションがあったほうが、顧客の選択肢は増えるのではないだろうか。ビジネスチャンスも増えるのではないだろうか。ソーシャルゲームは無料であるがゆえ、前回指摘したように合法ではあるが、いつ規制されてもおかしくないような部分も抱えている。これを放置しておくことが、是なのだろうか。
パッケージゲームの価格の高さについては、あえて指摘するまでもない。いや、単純に値段の問題ではなく、1983年に登場したファミリーコンピュータのロムカートリッジ販売と同じビジネスモデルを基調としていてよいのだろうか。
たとえば、パッケージでもダウンロードでもいい。1000円で購入する。そこに追加アイテムが欲しいならば、さらに課金をしていくといった高額と無料が混在した販売方法が登場してもいい時期だろう。
米「WIRED」誌の編集長、クリス・アンダーソンは『フリー/〈無料〉からお金を生みだす新戦略』で、「フリーミアム」なる概念を提示した。当初は無料で利用できるが、それを体験しさらに価値の高いものを求めれば、顧客はお金を払う。同書では、「情報はただになりたがる」とも主張されている。
日本の知的階層は、クリス・アンダーソンの考えを絶賛したが、「フリーミアム」ばかりが21世紀のゲームソフト、いや、情報サービス産業の行く末ではないと考えている。
情報の値段は、高額と無料の間にも最適価格はあるはずだ。私は「フリーミアム」に対抗して、「スケーラブル(scalable=伸縮可能)な価格モデル」を、もっと活用する道があることを提言したい。
今、私の目の前で起きていることに話しをしよう。
『プロ野球チームをつくろうONLINE 2』はよくできたゲームだ。
無料で遊べる。だが、強いチームをつくるためには、プラチナチケット(30日利用権)を980円(税込)で購入しなくてはならない。私は欲しくてたまらないのだが、これを購入すると一日中、ゲームプレイする生活がはじまるようで、ためらっている。有効期限が切れたときの寂しさを買う前から想像してしまう。だが、ほどほどに強いチームがつくれる「有料ダウンロード版・3980円」という商品があったら……私は迷うことなく、購入するだろう。
■相互乗り入れ
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■相互乗り入れ
私はパッケージゲームと、ソーシャルゲームが対立軸にあることを望まない。双方の利点が混ざり合うことがあってもよいと考えている。
NGP(Next Generation Portable)がある。同機は、本連載第11回で触れたように、パッケージゲーム+課金アイテム販売を併存させることができる。これは私の希望的観測ではなく、本年1月27日にデモンストレーションされた事実である。
もうすぐ、任天堂はWiiの後継機を発表する。こちらは、ただの可能性を述べているにすぎないが、2012年に発売される家庭用ゲーム機が、クラウドコンピューティングと結びつかないほうがおかしい。私は入力デバイスがどうなるか以上に、新型ゲーム機と通信との関連性に注目をしている。
家庭用ゲーム機メーカーは、今のソーシャルゲームのビジネスから学ぶべきところを大いに学べばいい。
逆にソーシャルゲームのプラットフォームを持つ企業や、SAP(ソーシャルアプリケーションプロバイダー)は、現行のビジネスに加えて、安価なパッケージゲームを発売することをしてほしい。そうすれば、新市場を開拓することもできる。もちろん、追加課金ができるパッケージゲームだ。ガラケーから端を発した多くのソーシャルゲームは、記号化された情報によってゲームがつくられている。「情報はただになりたがる」が、「ゲームは美しくなりたがる」習性もあわせ持っている。
■顧客の生活にゲームを合わせる
高額か、無料か。
パッケージゲームかソーシャルゲームか。
私がこの二者択一の呪縛から離れて、バリエーションを増やして思う理由には、多端末化の動向も含まれる。
たとえば、レースゲームがある。きれいグラフィックスで3DCGを見るのは家庭用ゲーム機がやることだ。
レーサーを育成するのはスマートフォンで操作する。スマートフォンで長時間レースゲームは遊べない。だが、一日数回のコマンド操作で、レーサーのトレーニングメニューを選ぶことはできる。その結果は、自宅に帰ってきれいな画像で見ることができる。
タブレット型のPCもうまく使いたい。私は前回、タブレットPCは「ページめくりをしたい」と述べたが、そう、レースゲームならば、世界の名車カタログが電子書籍のように読めるのだ。攻略本やファンブックはタブレット型のPC向けに販売されてもいい。
今までのゲーム、とりわけ家庭用パッケージゲームは、プレイモードとプレイスタイルは、ひとかたまりのソフトウェアの中に閉じ込められていた。ひとつのソフトウェアに多種のモードがある。それを単一ハードで遊ばなくてはいけない、というのが常識だった。そのソフトウェアのつくりに、顧客は自分のライフスタイルを合わせなくてはいけなかった。
逆だ。
顧客のライフスタイルに合わせるために、端末を分散させ、ゲームモードを分割させるのは、未来のゲームのひとつの選択肢ではないだろうか。
私はスティーブ・ジョブスの信奉者ではないが、彼の製品づくりの手腕には素直に敬意を表したい。この10年間で、アップルというコンピュータ会社は、コンピュータ会社ではなくなってしまった。電話会社であり、音楽プレイヤーの会社であり、コンテンツ流通業であり、魔法のようなデバイスを創作する会社になった。いつまでも、コンピュータをいかにたくさん売るかを考えていたら、今のアップル社の繁栄はなかっただろう。自社の顧客はどんな生活をしているかに合わせて、ハードウェアとサービスを改革し続けてきた。
■すべてがソーシャルゲームに
家庭用ゲーム機、パッケージゲーム、携帯型ゲーム機、ソーシャルゲーム、パーソナル・コンピュータ、スマートフォン、タブレットPC、アミューズメント施設、電子書籍リーダー、カードゲーム、ボードゲーム、各種Webサービス。
既成概念から離れれば、これらを組み合わせは無限にあり、新しい楽しみをつくることができるだろう。
今のソーシャルゲームがどうなるか、については、私以外の誰かが、いつも何かを論じている。あえて多くを語らない。
私はただ、すべてのゲームが「継続的な意思疎通がある人間の集合体」に溶け込むことを願う。この世のゲームはすべて、ソーシャルな存在になってほしいのだ。
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レイモンド・ウィリアムス著「完訳 キーワード辞典」(平凡社)より
■著者紹介
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株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式サイト、公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuHです。