「天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」
「君主論」などの著作もあるイタリアの歴史家・政治家・思想家、マキャヴェッリが残した言葉です。
この連載は、ゲームの明るい未来を語ることを趣旨として書いてきました。第1回の題名は「悲観論よ、さようなら」でした。
今回は違います。家庭用ゲーム機について悲観論を語ります。
しかしながら、今から述べる悲観論は「あーダメだ」で終わるものではなく、「天国へ行くのに最も有効な方法」を知るための一助となることを願っています。
この1年間、家庭用ゲーム機は、ことあるごとに以下のような戦いの構図で語られ、敗者のレッテルを貼られてきました。
ソーシャルゲーム 対 家庭用ゲーム機
DeNAやグリーの業績は好調です。
対して、任天堂とソニーは今期、赤字計上となることが明らかになりました。
家庭用ゲーム機とソフトの市場は、ソーシャルゲームによって奪われた。
じつに、わかりやすい比較のしかたです。
はてして、この戦いの構図は正しいのか。
まったくの間違いとは言いませんが、本質をついていないと私は考えます。
マスコミが都合よく、表層をなぞっただけのことです。
私の解釈。ソーシャルゲームとは遊び方の様式についての呼称です。
ソフトウェア単体で遊ぶのではなく、ネットワーク接続されていることが前提。
1本のゲームを解き進む道を縦軸とすれば、そこに横軸。人と人とのつながりが介在する。
それがソーシャルゲームなるものの本質でしょう。
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ソーシャルゲームの基本概念図
今の日本では、携帯電話を使って、プレイヤーが無料ではじめられ、途中でアイテム課金されるものがソーシャルゲーム。もっと言うなれば、DeNAとグリーが提供するゲームがソーシャルゲームととらえられることさえありますが、この定義はあまりにも狭すぎます。
したがって、ソーシャルゲーム対家庭用ゲーム機の対立の図式は、大衆には伝わりやすいけれども、真剣にゲームの未来を論ずるには混乱を招きかねない「危なっかしい構図」でもあります。
語弊を恐れずに、極端な置き換えをしてみます。
ソーシャルゲームは表現の様式ですから、推理小説とします。推理小説が流行すると、ハードウェアである本棚は衰退する、と言っているかのようです。
家庭用ゲーム機は、ソーシャルゲームを組み込むことができます。
現にWiiでもプレイステーション3でもXbox360でも、1本のゲームを解き進む過程でプレイヤー同士の交流が介在するゲームは何タイトルもあります。
別の線を引いて対立図をつくってみましょう。
■汎用対専用
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ソーシャルゲーム 対 家庭用ゲーム機
これらは表面的だとしたら本質とは何か?
家庭用ゲーム機の本当の危機とは何か?
専用機であることです。
家庭用ゲーム機にしても、携帯ゲーム機にしても、各プラットフォームホルダーが定めた独自規格の上でソフトが動いています。
その結果、何が起きるか。
価格が下がりません。むしろ、次世代機が登場し、高機能になるたびに本体価格は上がるのが通例でした。ところが汎用機(非専用機)は、普及すればするほど価格は下がっていきます。
1983年を振り返ります。
NECのPC98シリーズの上級モデルは39万8千円しました。下級モデルのPC-8001mkIIも12万3千円で売り出されました。パーソナルコンピュータ(以下、PC)が高価だった時代、任天堂・ファミリーコンピュータの1万4800円は、画期的な価格づけでした。
価格だけではありません。高価なPCよりも性能が良かった。
縦や横方向のスムースなスクロールが簡単にでき、色も鮮やかで、高音質の音楽をファミリーコンピュータは再現可能にしてしまったのでした。
価格が高くて、ゲームを遊ぶには性能が低いのがPC
価格が安くて、ゲームを遊ぶには高性能なのがゲーム専用機
この勝利の法則に支えられ専用機が圧倒的に優位の時代が、スーパーファミコン、プレイステーション、プレイステーション2の時代まで続いてきました。
今、足元のマーケットはどうなっているでしょう。利用者数の多いサイト、カカクコムを見ると、左上の最もクリックしやすいポジションに「パソコン」の項目があります。
デスクトップパソコンの項目を見れば、Lenovoの製品が売れ筋ナンバー1になっています。Core i3のプロセッサ搭載。ハードディスクは500G(ギガバイト)。21.5インチのディスプレイもついています。ノートパソコンならば、Core i5のプロセッサ搭載。ハードディスク750Gのモデルが売れ筋ナンバー1です。これらはともに、5万円以下の価格で売られています。
もっと低スペックのもの、あるいは中古品を探せば2万円台から購入できてしまうのが、汎用機、PCの市場です。
米国の調査会社、IDCのデータによれば昨年の最終四半期(2011年10月から12月)の期間だけで約9300万台のPC(OSはWindows)が販売されています。
統計期間と手法は異なりますが、iOSデバイス(iPad・iPhone含む)の販売台数は昨年1年間で1億5600万台に達しているとのデータもあります。
累計販売台数が、1億台を超えて「大ヒット機」と歴史に名を残す専用機とは、まさに桁違いの数字です。
汎用機の価格はますます安くなり、高性能になる傾向は止まりません。
この実態と今後の動向こそが、ゲーム専用機にとって、切実な危機とらえるべきです。
■インターネット、ソフト、その他
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ハードウェアの価格、性能、販売台数について触れました。
汎用機、PCの優位性は他の要因においても優位な立場にあります。
インターネット接続率の高さが家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機を圧倒しています。
現在のPCが、購入と同時にインターネット接続を必要とする仕様になっていることからもわかるように、インターネット利用率はきわめて高い数字を示しています。
社会実情データ図録より
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6200.html
ネットワークの接続先には、数えきれないほどの無料ゲームがあります。
その数は冒頭に述べた、携帯電話で遊べるソーシャルゲームの比ではありません。
私はインターネット接続に制限のある企業に勤めているわけではないので、仕事中に無料ゲームを見つけては、遊ぶことがあります。おもしろいゲームがあればTwitterで紹介します。過去にRT(リツイート)が多かったゲームのベスト3は以下のゲームです。
Nexus Contraptions
http://www.youtube.com/nexuscontraptions
Pleasure hunt
http://pleasurehunt.mymagnum.com/
JUDO CHOP
http://megane4141.tumblr.com/post/15772005185/pdl2h
これらカジュアルゲーム以外にも、無料で遊べるオンラインゲーム、ブラウザゲームは世界中のサーバーに格納されています。ソーシャルブックマーク、StumbleUponのアカウントを持ち、Interest(興味)の項目にOnLine Gamesを登録すれば、次から次へと無料ゲームが紹介されます。
Steamという有料ゲームダウンロードサイトは、販売窓口であると同時にコミュニティ、ニュース配信、フォーラム、フレンド機能もある、ゲームに特化したSNSでもあります。年末年始期のヒットゲーム『スカイリム』は、日本国内だけで、約4万件のダウンロードがあったそうです。
Steam 日本語版サイト
http://store.steampowered.com/?l=japanese
Steamは、アップル社が運営するアップストアと同様に、バーゲンや割引クーポンを発給するので「良いタイミングで買うこと」が、利用者の楽しみのひとつになっています。ダウンロード価格が(ほぼ固定化されているのに等しい)、プレイステーションストアやニンテンドーeショップが活性化するために、参考にしてほしい販売サイトです。
PCですから、ゲーム以外の用途にも使えます。
PCが生活上、便利であることを、わざわざ書くこともないでしょう。
あえて付け加えるならば、PCがこれだけ低価格になってくると、親から子へのギフトの市場が伸びることが予想できます。
家庭用ゲーム機、家庭用ゲームソフトの「おねだり」には、なかなか首を立てに振らない親も、「子ども専用のPCは必要」と考えてもおかしくありません。全国の小中高の学校で、PCそのもの授業、PCを使った授業が増えている時勢だからです。
■汎用機に寄生してきた産業
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再び1980年代にタイムスリップします。
ファミリーコンピュータが爆発的に売れた当時、テレビ局社員は苦々しい顔でこう言いました。
「任天堂はテレビに寄生している」と。
一家に一台のテレビが、一部屋に一台へ。
テレビのさらなる普及期とともに、ファミコンブームはやってきました。
放送を見るための装置に、ファミリーコンピュータが接続され番組を見ないでゲームが遊ばれる。視聴者は、プレイヤーに変わってしまった。
家庭用ゲーム機は、普及している旬なものに寄り添って、進化の道をたどった。
それが原点でした。
今、低価格化、性能と普及率の向上が目覚ましいPC。そして、PCとほぼ同じ動向にあるスマートフォンと、正面から戦うことなく、無視することもせず、共存する道を考えるべき時が来ています。
各社の現行機が、次世代機発売の準備に入った時期ゆえに、専用対汎用という線引きを行なってみました。
スマートフォンやPCで手軽に遊べる。
もっと高度な遊びをしたいとプレイヤーに思わせる。
ハードもソフトも買いたくなる。
いわば、ソーシャルゲームのアイテム課金と同じ消費行動を視野に入れて、家庭用ゲーム機、携帯ゲーム機=専用機とソフトを売る手法は研究の余地がありそうです。
家庭用ゲーム機は、世代が進化するとともに、開発費が上がるという歴史を繰り返してきました。開発費高騰の歯止めをかけるひとつの方法として、ゲームパブリッシャーが広告収入を得る方法もあるでしょう。そのビジネスモデルを成功させるためには、普及機の力を借りなくてはいけません。
Wii U、プレイステーション4の話は聞こえてきませんが、2013年内には発売されるかもしれないXbox360の次世代機の噂は、米国から流れてきます。
ソフトはWindows8上でも作動します。Xbox本体は、テレビ「に」接続するものではなく、Xbox「から」テレビに接続する。つまりXboxは、いわゆるセットトップボックスとなり、キネクトの機能を使って身振り手振りで番組視聴ができるという噂を聞きました。
真偽のほどは定かではありません。
過去の常識を断ち切り、普及しているものに寄り添う戦略なので、この噂が現実になることを期待しています。
6月にはE3があります。今年は次世代機の情報が飛び交う年になりそうです。
私はゲーム専用機単体の性能や、ソフトのラインナップを無視はしませんが、それ以上に専用機は普及機(テレビ・PC・スマートフォン)と、どのように連携するのかに着目し、2012年の春を迎えることにします。
■著者紹介
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株式会社インターラクト(代表取締役/ゲームアナリスト)
1962年・神奈川県生まれ。青山学院大学卒。85年・出版社(現・宝島社)入社後、ゲーム専門誌の創刊編集者となる。91年に独立、現在にいたる。著書・共著に『ゲームの大學』『ゲーム業界就職読本』『ゲームの時事問題』など。現在、本連載と連動して「ゲームの未来」について分析・予測する本を執筆中。詳しくは公式サイト、公式ブログもご参照ください。Twitterアカウントは@HisakazuH、Facebookアカウントはhttp://www.facebook.com/hisakazu.hirabayashiです。