
2018年12月4日より、東京国際フォーラムにて開催された「シーグラフアジア2018」。7日には有限会社オレンジによる「TVアニメ「宝石の国」:手描きのコンセプトアートからCGへのカラーとスタイルのアプローチ」の講演が行われました。
市川春子氏の人気漫画「宝石の国」は2017年にアニメ化。10月から12月まで放映され、人気を博します。今回のセッションでは、原作漫画を基にいかに手描きのコンセプトアートとCGでの表現に落とし込んでいったのかが語られました。
手描きのコンセプトアーティストと、VFXデザイナーの協力


今回登壇したのはコンセプトアートを担当した西川洋一氏と、VFXアートディレクターの山本健介氏のふたりです。
西川氏は過去にスタジオジブリに所属し、「ハウルの動く城」や「崖の上のポニョ」などに背景美術として参加した経歴を持っています。対照的に山本健介氏は『立体忍者活劇 天誅』シリーズを代表作に持つ株式会社アクワイアに設立から関わり、以来フリーランスとして「ガメラ3 邪神覚醒」などのVFXに関わりCGのキャリアを積んできました。その後、ふたりは有限会社オレンジに参加し、「宝石の国」の制作に関わります。
監督からオファーのあった、色彩のアプローチ

アニメ「宝石の国」は3DCGアニメーションとして制作されていますが、その制作過程は手描きアニメーションと3DCGアニメーションが融合したものになったといいます。まず西川氏は「宝石の国」の監督を務める京極尚彦氏から「手描きの2Dアニメと同じようにやってほしい」と依頼されます。
「オリジナルの原作漫画をアニメにしたものが観たいと言われたんです」と西川氏は振り返ります。その時、スペインの漫画「ブラックサッド」を参考資料として渡されたと話しました。

「海外の漫画である「ブラックサッド」から何を参考にするかというと、補色を使った画面構成です。」と西川氏は説明。補色とは、簡単に言えば赤色の反対に緑色があり、青色の反対に黄色があるような、色相環から反対同士の色のことです。補色を使うことで、画面のコントラストを強調する効果があります。
「今回の「宝石の国」でもそうした画面作りをしたいと言われました。」しかし西川氏は、日本のアニメでは基本的には補色を使った画面作りはやらないといいます。「僕が思うのは、日本のアニメは写真のような見え方だと思うんです。」
西川氏は2017年にアメリカへ行ったとき、補色を使った画面作りのアーティストを多く見てきたと言います。「この理由はわかりますかね?」と、西川氏が会場に来ていた海外の受講者に逆に質問するシーンもあり、受講者からは「補色を使うとドラマチックになる点と、アートに疎い視聴者であってもアピールしやすい点があるのではないでしょうか。」という意見が挙がりました。

こうした経緯もあり、西川氏は色彩の勉強をしなおすことにしました。そこで参照したのはヨハネス・イッテンの「色彩論」です。西川氏が高校のころ、美術の先生から教本を受け取ったものを読み返したそうです。しかし、「ちょっと退屈でしたね……」と、あまり上手くは学べなかったそうです。
「楽しく勉強できたのが「he Noble Approach: Maurice Noble and the Zen of Animation Design T」でしたね。」これはアメリカのアニメーションで60年以上に渡って活躍した、背景美術アーティストのMaurice Noble氏がまとめた書籍です。また、同じ背景美術アーティストとして、日本からは小林七郎氏を挙げました。
コンセプトアートからCGの世界を作る

このような過程を経て、西川氏はコンセプトアートに着手します。まず原作で印象深いシーンをカラーで描きました。「スタジオジブリで仕事してきたので、手描きのほうが早いんです。」と西川氏は語ります。

「この絵が京極監督から一回でOKが出たんです。」と西川氏は語ります。
「京極監督も手描きのコンセプトアートを観るのは初めてだったんです。」と手描きのスタイルを評価されました。そこで手描きと3DCGアニメーションをマッチングする方向性になったそうです。「思わぬ形でいい形になりました」と西川氏は振り返りました。
「原作の漫画が北海道をロケーションにしているということで、このコンセプトアートでは冷たい色の青を置いたんです。また「ブラックサッド」を例に出されたことを忘れないように、冷たい色の空と対照的に海には温かい色にしました。草原でも明るい面には緑を置いていますが、補色として茶色なども入れています。」西川氏は、こうした微妙な差をつけた画面作りは日本のTVアニメではあまりやられていないのでは、とも語りました。

西川氏のレイアウトによって、アニメの画面作りの方向性が決まったところで山本氏がCGアニメーションを制作します。これはスタッフが「この方向性で行ける」と思わせたそうです。
またスタッフで北海道にロケーションへ行き、草や空気がどんなふうになっているかを見てきたともいいます。「原作の市川春子氏から言われたのが、「宝石の国」はひとつの島しかない世界ということです。植物も動物も死にかけている世界というのを、北海道ロケで体感できたかと思います。」と西川氏は話しました。初夏に行ったそうですが、気温は8度と寒く、小雨まで降っていた状況だったそうです。

そうしたロケーションをもとに、山本氏に完成画面を仕上げてもらいます。「原作の漫画では草原が効果的に使われていたので、いかに画面の中を草で埋め尽くすかがCGのテーマでした。」と山本氏は語りました。

最初は原作を再現するように、デザイン的に草原を作っていました。北海道ロケ以降はリアルな方向に舵を切り、本物の草原だと感じられるように制作したそうです。

「CGのコストの都合もあって、いくつか草の塊でできたアセットを作り、敷き詰める形でした。」と山本氏は制作の背景を説明します。草の塊のアセットを数種類制作し、草が風になびくアニメーションには3DS MAXを使用しました。「HairFarmという、髪の毛に使われるプラグインを今回は草原に使用しました。シミュレーションもしやすく、動きも見やすかったんです。」と解説しました。
手描きのレイアウトと、CGを融合させる画面作り

CGの技術面がこうして整ってきたところから、いよいよ本格的に西川氏の描いたイメージに寄せていく作業がスタートしました。先述の草原では、背景美術として描かれた部分とCGが混在した画面となっています。その違和感のない混ざり方を前に、「スタッフの中でもこの作品は成功するんじゃないかと思わせる完成度となりました。」と振り返りました。

テスト用の素材が集まったところで、西川氏は気になった点を指示していきます。「地球上にたったひとつしかない島という世界のため、起伏のほとんどない地形です、そのため色で魅せる構成にしないとつまらない画面になるため、スタッフとカラーチャートを共有しました」と語られました。
CGスタッフがこだわった、宝石の髪

山本氏は、宝石をモデルにしたキャラクターたちの髪の表現についても工夫を重ねています。西川氏からイメージボードが上がってくる前に、山本氏は宝石の性質を持つ髪を作りだすためのエレメントを集めました。

「宝石をもとにしたキャラクターですので、そのまま再現してしまうと髪が透けて見えてしまったり、柔らかくなってしまうため、工夫していきました。」と山本氏は語ります。「アニメの設定に合わせ、光の反射や屈折の表現を行いました。」と振り返りました。「髪のアセットの周りにいろいろ配置するなど、ローテクで対応しました」

また各キャラクターによって、ヘアスタイルと宝石の性質が違うために表現が難しかったことも話しました。特に難航したのはダイアモンドのキャラクターです。山本氏は原作はパステルカラーでできていることに注目しましたが、「京極監督からは、リアルに作ってほしいという要望を出されました。」と語り、そこで髪のアセットの中で反射や屈折を生かしていくことで、現在の形になったと説明します。
CGと手描きを組み合わせる困難

一方で、手描きとCGそれぞれの方向性が違うことで生まれた苦労も語られました。西川氏はCGの画面を見て、実際の自然とは違うのではないかと指示を出したと言います。「ただ、データのコストがわかっていないまま話してしまっていました。」と後で反省していました。
その他に苦労した点では、学校のシークエンスが挙げられました。西川氏は「原作は真っ白な建物なんですが、いろいろな季節や時間、感情が出てくる本編ですので、補色で画面を魅せる、という基本を踏まえて、場面場面で差を出すために色の変化をさせています。」と語りました。「学校は白一色の場所ですが、季節や登場人物の感情によっても色が変わっていきます。」と、外国のアニメでも行っている表現を使ったと説明します。
しかし山本氏は「CGでは明暗をコントロールすることはできますが、特定の色を入れてほしいという要望は難しかったです。」と振り返ります。西川氏はかつてスタジオジブリに所属していたころ、「ジブリでは現実のロジック、他と整合性を取りつつ、より良いカットになるよう、色や光と影で、背景の演出をしていました。宮崎さんも角度が変われば見え方も変わる、と仰っていたんです。」しかし今回はCGで一連の流れを作る事もあり、カット毎に入っていた演出が再現できないこともあり、今まで通りのやり方では対応できなかったと言います。

山本氏は背景美術側と協力できるように、CGを作ったものをあとで美術スタッフに手を入れてもらったと説明します。「その段階で、西川さんの求めていた色が再現されています」と語りました。
ですが、すべて3DCGで動き回り、アクションするようなシーンでは「背景美術スタッフが手を入れることができないため、美術側のイメージを再現することが大変でした。」と山本氏は振り返ります。
できあがった作品を観た西川氏は、3DCGで縦横無尽にカメラが動き、キャラクターがアクションするシークエンスに対して「実写のようで感動しました。」と話します。「CGと美術が一致したみたいに思えたんです。」と手描き美術とCGが一致した瞬間を、感慨深く語りました。