国産MOBAの全国大会に中央省庁が後援
インドネシアでは3月23日から4月1日にかけて、「Lokapala Jawara Nusantara」というイベントが開催されていた。主催者はインドネシア最大手のモバイル通信キャリアTelkomselである。
これはインドネシア製のモバイルMOBAタイトルである『Lokapala』のトーナメント大会で、インドネシア全土43都市から215チーム1,075名の選手を集めた。この1,075名が1ヶ所の会場に集合した、というわけではもちろんない。ある者は自宅から、またある者はコワーキングスペースのような場所からアクセスし、腕前を競ったのだ。
その表彰式に、海事・投資担当調整大臣、国営企業大臣、観光・創造経済大臣が参加してコメントを残している。「Lokapala Jawara Nusantara」自体、これらの省庁からの後援を得ているのだ。
観光・創造経済大臣のサンディアガ・ウノ氏は、この催しの中で「インドネシアのeスポーツ産業には、既に5,200万人の選手、トレーナー、アナリスト等の関係者が存在する」と言及している。同時にeスポーツ産業は、その規模が年々拡大していると語った。
ここで注目すべきは、複数の省庁が後援する大会で選定されたタイトルが『Lokapala』かという点だ。日本人でこの『Lokapala』を知っている人は滅多にいないだろう。同じMOBAなら、なぜSEAゲームズ(東南アジア競技大会)の種目にもなっている『モバイルレジェンド: Bang Bang』を選ばないのだろうか?
それはつまるところ、『モバイルレジェンド: Bang Bang』が外国製だからだ。
ゲームにも「経済保守主義」の影響
インドネシアという国を観察する上で「経済保守主義」は必ず認識していなければならない項目だ。
それは平たく言えば「外資より内資」である。インドネシアはAppleに対して「新型iPhoneの国内販売禁止」を突きつけた過去もあるほど、外資の市場参入に対して慎重だ。中央政府の目論見は常に「輸入削減、輸出増加」で、それはゲーム産業にも及んでいる。
去年10月23日、国営企業大臣のエリック・トヒル氏(サッカーファンならご存じかもしれないが、インテル・ミラノの元会長)がスリウィジャヤ大学で講演を行った。その中でトヒル氏は、「オンラインゲームの大部分が外国製」ということを指摘した。

「“輸入の罠”にかからないようにしていただきたい。牛から砂糖、そして毎日の生活まで外国から輸入する羽目になる」
インドネシア人にとっても、牛肉と砂糖は日常に欠かせない食材だ。……が、意外なことにどちらも完全自給を達成していない。食肉や乳製品などは、なにかと摩擦のあるオーストラリアにその供給を依存している。
ゲームも同様で、PC、コンソール、モバイル問わず配信タイトルの大部分は「外国製」である。これをインドネシア製にしていかなければならない、ということは海事・投資担当調整大臣のルフット・パンジャイタン氏も公言している。
本気で「面白いもの」を開発する
インドネシアは若年層が旺盛な国だが、それ故に中央省庁からある種の「焦り」も見受けられる。
彼らの関心と需要が外国製のタイトルに行ってしまわないよう、中央政府は様々な手段を講じて実行している。各大臣は「ゲーム内の暴力的・不道徳的表現の排除」に言及することもあるが、同時に「インドネシアの文化・価値観をゲームに盛り込む」という話も盛んに口にする。このあたりにも経済保守主義が現れているのだ。
若者は中高年層が信頼を置くブランドに囚われず、ひたすら「楽しいもの」や「面白いもの」を求めようとする。
日本においても中高年は、今でも富士通やNECといった日系メーカーに全幅の信頼を置いているため、中台メーカーの新品PCではなく日系メーカーの中古PCを躊躇なく買ってしまう。それは富士通やNECが80年代に隆盛を極めていたことを知っているからこその行動だが、Z世代は当然ながら80年代の景色など見たことがない。だからこそ、ブランド信仰から自由な立場にある。色眼鏡のない状態でより良いPCを選ぶことができるのだ。
故にインドネシアのゲームデベロッパーは本気で「面白いもの」を作らなければならないし、中央政府も本気で「面白いイベント」を開催しなければならない。教条的な文言や説教に似た定型文では若者はついていかない。閣僚はそれをよく理解しているからこそ、時折苛立ちのようなコメントを発してしまうのだ。
パンデミックがあったからこそ
新型コロナウイルスは、インドネシア経済にも大きな爪痕を残した。特に観光業で栄えていたバリ島は、多くの失業者を発生させてしまうほどの打撃を被った。インドネシアの観光業が2020年以前の状態に戻る目途は立っていない。
しかし、上述の『Lokapala Jawara Nusantara』は「パンデミックがあったからこそ」の大会でもある。これがパンデミック前なら、ジャカルタ首都圏のどこかの大型会場に選手を集めていただろう。しかし今やその必要はなく、Telkomselの通信網が「自宅にいながらチャンピオンになれる環境」を実現してくれたのだ。
Z世代とミレニアル世代が最先頭に立つインドネシア。この国は2030年代を迎える前に「世界一のゲーム産業大国」として名を馳せる可能性が十分にある。