インディーズゲームの話をする際、この場合の「インディーズ」とはどのような意味を持つのでしょうか。確かに、この問題にはさまざまな答えがあることでしょう。関わる人々のことに鑑みれば、本当に作りたいゲームを制作している小さなグループということができるでしょう。メカニズムの観点からみれば、ゲームのジャンルということもありえます。長い間見向きもされなかった側面を備えているゲームを指せば、考えもされなかった原理によるゲームを指す場合もあるでしょう。あるいは「インディーズ」を感情表現の1つと捉えることも可能でしょう。これらの定義は、ゲームについてどのように感じるかによって決定されることになります。インディーズゲームの内側をみてみると、アメリカやヨーロッパにおいてはすでにここ数年において、サポーターによる強固なコミュニティーが形成されています。このようなコミュニティーは、目標や行動を共有し、相互支援を主として定義される一つのアイデンティティを形成してきたものです。この多くはインディーズムーブメントのサポートを呼びかけてきた様々な組織、協議会、教育機関によるものであり、そのおかげで、さらなる革新性と芸術性とをより濃縮したかたちでつくり上げることが可能となっています。これに伴い、人々の知覚には小さな、しかし意義深い移行が生じています。この移行は人々を駆り立て、ゲームが、ただエンターテイメントの一形式であったところから、豊かで、多様性に富む、芸術的、文化的に意味のある媒介として捉えられるようになっています。確かに、一般の方の間でのゲームに対するコンセンサスはといえば、未だにただ「楽しみのため」のものに過ぎません。しかしプレイヤーの声、業界のベテラン、アカデミックな方は、「プレイ」や「ゲーム」のもつその固有の価値に気がついており、同様にここ数年で成立した業界の技術的進歩についても気がついています。これらは徐々に表面化し、「平均的」プレイヤーや消費者に対して影響を及ぼしています。インディーズゲームの存在が拡張していることについての意識を高める。その主要な役割を果たしているのが、インディーズペンデント・ゲーム・フェスティバル(IGF)です。このフェスティバルは、ここ数年での信じられないほどの成功を収めたインディーズゲーム(例えば『Minecraft』や『Limbo』などが含まれます)を紹介してきました。コンピュータ・ゲームとアートとの関係に特に焦点をあてた黎明期のインディーズゲーム展示会は、2000年にカリフォルニア大学において開かれた「Shift+Ctrl」でした。それ以降6つほどのフェスティバルが毎年開催されており、その他にもインディーズゲームやインタラクティブメディアに関するイベントが開かれるようになりました。その中には、ユーロゲーマー・エキスポ、エジンバラ・インタラクティブ・エンターテイメント・フェスティバル、PAX、Indiecade、GDL、SXSW、スラムダンス・ゲーム・フェスティバル、さらにはBAFTAの一部なども含まれています。一方で、インディーズ開発者がお互いに提携することによってサポート構造や組織を構築してもいます。その例としては、デンマークのコペンハーゲン・ゲーム・コレクティブ、トロントのハンドアイソサエティー、バンクーバーのデジタル・ゲーム・リサーチ・アソシエーションなどが挙げられます。この活動はインディーズ開発者やファンたちに限られているものではありません。大きなパブリッシャーもまたインディーズの世界に眼を向けています。その証拠として、Xbox Liveにおけるインディーズに向けたMicrosoftの積極的なアプローチをあげることができるでしょう。とはいえ、インディーズゲームデベロッパーの多くは自費出版をうまく運用しています。PC、コンソール、携帯電話といったデジタル配信の台頭により、選択可能なオプションが増えているのです。おそらく、パブリッシャーなしに仕事を行うことによる自由度の高さが、インディーズの創造性と革新性とに傾注させうる要因なのでしょう。一般化すると、欧米でのインディーズシーンは現在、以下のようなトレンドによって特徴付けられています。・デジタル配信・ゲーム開発の資金とするためのプレオーダーやドネーション・開発チームのサイズは2〜5人・設立された「インディーズ」スタジオの成長と、ゲーム業界での経験豊富なベテランによる運営・プレイヤーとプレスとの開かれたコミュニケーション・主要メディア市場による、いわゆる「最新鋭」、大規模なタイトルと同様にインディーズゲームについての情報の共有・ゲーム性を通してプレイヤーを導く・強固なサポートコミュニティーと協力的なマーケティング興味深いことには、日本にもすでに独自のインディーズゲームシーンが存在します。しかしながら、欧米の「インディーズ」という定義はおそらく、日本の「同人」という言葉とはうまく当てはまらないでしょう。日本のデベロッパーと欧米のデベロッパーとの間で、共通の優先事項、すなわちゲームを制作する能力と、それを楽しむこととを共有することは可能でしょう。しかし両者の決定的な差異は、制作されたタイトルの商業化に由来するものなのです。ここ数年活動の場を拡げている日本の同人シーンは、一般的な欧米のゲーマーにとってはある程度馴染みにくいものがあるでしょう。というのも、欧米ではあまり人気の無いジャンル、例えばシューティングゲームやビジュアルノベルといったジャンルに偏っていることが挙げられますが、アダルトコンテンツと同様に、多くのゲームもまた自由に創作するというよりはむしろ既存の商業ゲームからコンテンツを「借りてくる」(いわゆる二次創作による)ものであり、非常に限られた小売業者を介してパッケージ製品として配布されていることも挙げられます。もちろん、日本のインディーズシーンがないというわけではありません。むしろその逆で、(PC、PSN、WiiWare、XBLAによる)デジタル配信の利点を用いて、前述の伝統を打ち破ろうとするものも増えてきているのです。とりわけ、神奈川電子技術研究所(「Qualia」シリーズ)、先日のGDCでの発表が業界の賞賛とメディアの注目とを集めた天谷大輔:Pixel(『洞窟物語』)、そのタイトルがインディーズでは信じられないほどの売り上げを記録した『Everyday Shooter』のクリエイター、Queasy GamesのJon Makを含む、多くの欧米のデベロッパーに影響を与えた長健太(Gunroar)が特筆に値するでしょう。Steamにてゲームをリリースした最初の日本の同人デベロッパーであるEasyGameStationは、『ルセッティア〜アイテム屋さんのはじめ方〜』で既存の作品よりも明らかに良い売り上げを記録しています。■日本におけるインディーズ開発の未来とは?2008年の東京ゲームショウ(TGS)における、センス・オブ・ワンダーナイト(SOWN)の立ち上げは、良い方向へ向かうための第一歩でした。これは日本や欧米のインディーズゲームの革新者たちが一堂に会するいい機会だったのです。ゲームの多様性について反映させるため、クリエイティブな人々が集まる場、クリエイティブなエネルギーを集め、それに集中するため、デベロッパーと協力者とのネットワークを構築する場、創造性がさらなる創造性を生み出しうる場。このような場所が必要なのです。しかし健全なインディーズデベロッパーシーンが現れる前に、多くの人々へのゲームに対する一般的な理解を発展させる必要があります。ゲームはただエンターテイメントであるのみならず、社会科学、芸術、教育の分野にも貢献しうる潜在能力を秘めているのだということを、理解してもらう必要があるのです。「インディーズゲーム」という用語の欧米での意味は、「同人」という言葉の意味合いを離れ、すでに日本のメディアにおいても見出されるようになっています。これは人気のあるゲームタイトルを紹介した結果であり、また人々の理解の基盤を築きあげる最初の第一歩となるでしょう。日本のコンシューマーがいかにしてこれに応えていくのか、またインディーズゲームが日本のプレイヤーの間で商業的に成功する市場となりうるか否かは、時が証明してくれることでしょう。
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