BASICではなくて、ゲーム機で動くことが重要だった
―――ちょっと話を戻しまして、泉尾高校のことについて、少し教えてもらえますでしょうか? どんな学校なのかとか。
中村: もともと旧制女学校が前身で、今年で創立94年になります。生徒数は530人くらいで、1年生が7クラス、2年生が6クラス、3年生は5クラスです。1クラスの定員は40人なので、単純計算すると720人になるんですが、2割くらいの生徒が中退したり、通信制高校などに転校していくんですね。だから大阪の中でも、わりと課題を抱えた子供たちが集まってくる学校だと理解してもらって良いと思います。
―――それは地域の特性なんでしょうか?
中村: そうではなくて、大阪府は学区そのものがないんです。府下全域から生徒が集まってきて、本校でも大阪市内だけでなく、枚方、八尾、泉南など、片道1時間半くらいかけて通ってくる生徒もいますよ。年間200校ちかくの中学校を回って、生徒の情報交換や学校の宣伝などをさせてもらっています。
―――先ほど『プチコン3号』は3年生の選択授業で導入されるという話がありましたが・・・。
大見: 2年生の「社会と情報」の授業では、ワードやエクセルの簡単な操作方法を学びます。3年生では「パソコン演習」と「ワープロ演習」いう時間があり、より自分たちの生活や進路に即して、20人のクラスで3つに別れます。そのうと「ワープロ演習」はビジネス文書実務などの資格をとったり、ワードやエクセルのより高度な使い方を学んだりします。実際、卒業生の進路では半数が就職組で、1/4が大学と短大、1/4が専門学校です。理系の大学に進むのは約1割です。
―――なるほど。
大見: 残りの2クラスで『プチコン3号』を使ったプログラムの授業を行います。ほとんどの生徒にとって、PCは何か作業をするための道具なんですよ。そこから一歩ふみこんで、プログラムはこうやって動いているんだとか、将来情報処理関係の仕事につきたいだとか、そういった興味がある生徒に向けた授業になります。

―――単純にプログラミングの授業を行うだけなら、他にもやり方はありますよね。たとえばビジュアルプログラミング言語のスクラッチなどは、どうでしょうか? より敷居が低いですし、無料で使用できます。
大見: そうですね。実際のところ、プログラミング言語は何でも良かったんです。実際にスクラッチも授業で使ったことがあります。ただ、スクラッチだと生徒たちにとってゴールが見えにくいんですよ。たとえ日本語でも、ビジュアルプログラミングでも、「キャラクターが右に50歩進んで、だからなんやねん」ということになる。
―――けっきょく「お勉強」になってしまうと。
大見: それが『プチコン3号』だとニンテンドー3DSを使うので、「ゲーム」という題材がはっきりしています。そのため敷居も低いし、生徒にとっても興味が持ちやすい。パラメータを変えると移動速度が変わるとか、無敵になるとか、そういったところから「プログラミングってこんな風にできているんや」「命令が英単語なんや」と、いろいろ興味が広がっていけばいいと思っています。だからBASICというよりも、ゲーム機で動くということの方が重要だったんです。
―――なるほど。
大見: 実際、BASICだけなら今でもPCで実習できるんですよ。無料でいろんなアプリケーションがネットにアップされていますし。でも、僕が「ゲームを作るよ」といっても、そこに到達するまでにすごく労力がかかってしまうし、生徒もPCでゲームといえば、もっと複雑なものを想像してしまうと思うんです。でもニンテンドー3DSということで、自然と「十字キーとボタンで操作するもの」というふうに思ってもらえます。
小林: 『プチコン3号』もニンテンドー3DSでプログラムを動かすことが主目的で、余計なことをさせないように工夫しています。あえて3DCGを外しているのも、その一つです。みんなゲームというと3DCGがバリバリ動くものを想像しがちなんですよ。いやいや違うんだよと。根っこの部分では、もっと単純な処理がぐるぐる回っているだけなんだよと。そういったことを理解してもらう上では、このくらいシンプルな方が良いだろうと。
―――たしかに、2Dゲームを作るだけなら、行列やベクトルの計算は不要ですよね。小学校の算数から中学校の数学レベルでいい。
小林: そうそう。だから『プチコン3号』の「3D」は「S3D(立体視)」の意味です。X軸、Y軸に加えて、Z軸もあるんですが、これは「飛び出し具合」の意味。Z軸の値を変えると画面の飛び出し方が変わるので、直感的でわかりやすい。
生徒が作ったゲームをネットで販売したい
―――2学期から導入されるとのことですが、プランはありますか?
大見: あんまりきちんと考えてないんですが、とりあえず触るところからはじめて、サンプルプログラムを開いてパラメータを変えたりして、いろいろやってみようと。そこから興味をもった子が、実際にプログラミングまで進んでいければいいのかなと。その上で、もっとやってみたいという子が出てきたら、放課後にクラブ的な形でやらせてあげようかなと思っています。
―――生徒の反応はいかがですか?
大見: さっそく4台の3DSを生徒にやらせてみたんですよ。そうしたら2人はゲームで遊んで、1人がサンプルのゲームを遊んで、「これ、どうやって作るの?」と聞いてきました。最後の1人は公式ガイドブックを見ながら『プチコン3号』を触りだして、「キャラクターが表示されへん」「あ、出た」とかやってましたね。4人いて1人がそんな風に思ってくれるんなら、20人いれば5人はいけるかなと。
中村: 実は私も昨日、触らせてもらったんです。サンプルのインベーダーゲームみたいな奴で、プログラムをひらいて、キャラクターを「Y」に変えたんです。そうしたら「Y」が画面で動きよる。うぉぉぉ、なんじゃこりゃぁぁぁって。ああいうのは入り口としてすごく良いですね。生徒に何でもいいから興味を持ってもらうというのが、すごく大事なんです。
―――目に浮かぶようです(笑)
中村: 3年間でしっかり学力を身につけて欲しいのは山々なんですが、なかなか本校の生徒たちだと、それが難しいのも事実です。そもそも勉強が嫌いな子の方が多いですから。「勉強が嫌い」「勉強なんかできない」という先入観で凝り固まっているんです。そんな中で授業を通して「プログラムっておもしろいなあ」と思ってもらえるだけでも良い。18歳で卒業しても、その後に60年くらいの人生を抱えているわけじゃないですか。よく言うんですよ。君ら、まだ人生の5分の1も生きてないよと。実際に高校生の頃に興味を持ったことで、その後の人生が大きく変わることってたくさんありますから。
小林: そういう意味では、自分も「高卒社長」ですから。プログラムばっかりやっていて、気がついたら社長になっていました。何かモノが作れれば何でもよかったんですが、その中でもプログラミングが一番、表現しやすかったったんです。
―――うわっ、本当ですか?
中村: だから生徒には、いろんな体験をしてもらうことが大事。それで学習とか勉強とかに拒絶反応を持っている生徒に、ちょっとでもおもしろいなと思わせること。それが学校の使命のひとつなんですよ。教壇に先生が立って、はいノートを出しなさい、板書を写しなさいという授業も、それはそれで大事です。でも、それだけじゃなくて、手を変え品を変え、いろんな方法を使って、勉強っておもしろいなあと思ってもらう。だから今回のことも即答でOKしたんです。
―――まだ始まったばかりですが、中長期的な目標はありますか?
大見: 最初に徳留さんがいらっしゃった時、「生徒が作ったオリジナルゲームをネットで販売するところまでやりましょう」という話はしましたね。
小林: BASICでゲームを作っても販売できないと言われたので、投稿プログラムを集めてニンテンドーeショップで有償配信する「プチコンマガジン」というスキームを作りました。
徳留: 「モノを出すだけではなくて、一緒に人を育てていくところまでやりましょう、それでいいですか?」とお聞きして、「はい」と言っていただけました。
―――それはおもしろそうですね。それこそ80年代は高校生が作ったプログラムが普通に販売されていて、ヒット作もたくさんありました。
小林: 実は『プチコン mk2』までは本家BASICと同じくインタープリタ方式(一行ごとにコードを解析して実行する)で動いていたんですが、『プチコン3号』ではRUNすると一回コンパイルしてから実行するんです。そのためネイティブコードに近い速度が出せます。だから普通の人が素直に組んだプログラムで、かなりスゴいことができるんですよ。カメラと通信はできませんが、傾き具合など、スマホに入っているようなセンサーはほとんど制御できます。
―――それはすごいですね。BASICでいろんなことができてしまう。
小林: BASICで十分と思われると、それはそれで問題ではありますが(笑)