セッションでは、サイバーエージェントのクリエイティブディレクターである中橋敦氏が司会を務め、株式会社CGチェンジャーの代表取締役である芦田直毅氏と、株式会社AvattaのCEOを務める桐島ローランド氏がテクノロジーと広告はどのように関わるかを語りました。
ここ20年での広告業界の変化
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「広告業界にドラスティックな変化が起きています。」中橋氏はセッションの初めにそう強調します。近年におけるインターネット広告の収益は飛躍的に伸び、新聞や雑誌の広告費を抜き去るだけではなく、2017年にはテレビの広告費に近づいていることを説明しました。
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中橋氏はインターネット広告以前の時代と比較して、クリエイティブのルールが変わってしまったことを話します。「かつては“To ALL”という、“みんな”の心を動かすマスコミュニケーションでクリエイティブは行われていました。広告を作る場合、何を知ってもらうか、または商品を愛してもらうか、そして買ってもらうかを考えるんです。」
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ところが“To ALL”の図式が崩れはじめていると中橋氏は指摘しました。「昔は家族みんなで揃ってテレビを観る習慣がありました。なので広告は、テレビを観るみんなに素敵なCMを見せるというかたちでした。」
それがインターネットの登場によって、“みんな”に見せる広告が変わったといいます。「いま若い人は一週間のうち、テレビを観るのは1時間や2時間程度。場合によってはまったく見ていない人もいます。」
中橋氏はここ20年でどう環境が変わったのかをまとめます。「“みんな”に向けたマスコミュニケーションというのは、マスメディアが元気だった時代のものだったんです。たとえば90年代には、Mr.Childrenのように“みんな”が知っていて、大好きなアーティストのCDが200万枚以上売れていました。」
しかし2000年代以降、それが通じなくなっていくことを説明しました。「“みんな”が大好きなアーティストが激減したんです。学校のクラスみんなが知っていて、好きだというアーティストがいなくなりました。」
中橋氏はこうした変化を広告業界に照らし合わせ「広告も、みんなに向けた“TO ALL”という構図は崩壊しつつあるんです。」と語ります。そして現在の状況をこう説明しました。「これからは"TO YOU"、ひとりひとりに向けた展開が必要になってくると思います。これが広告業界で起きている大きな変化です。」
CGやAIで“ひとりひとり”に向けた広告を作る
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「インターネットの時代における広告とは、ひとりひとりに合わせた広告ではないでしょうか。」こう説明するのはCGチェンジャー代表の芦田直毅氏です。
しかし芦田氏はそうしたスタイルを提案するものの、従来の方法ではひとりひとりの趣味嗜好に合わせた膨大な広告を作るのは難しいと判断していました。「だけど、そこにCGやAIを使うことができれば可能なのではないか。それでCGチェンジャーを設立したんです。」
芦田氏は設立からCGクリエイターとエンジニアの2軸で採用を進め、制作ワークフローから広告クリエイティブ制作に最適化していく方針を立てました。「従来のCGの作り方から変えていこうと考えました。それからアカデミックなアプローチから広告作りを行っています。」数年先を見据え、早稲田大学とも共同研究も行っていると語ります。
では実際にCGのテクノロジーはどのように広告に生かされているのでしょうか? 芦田氏はこう説明します。「日本の広告の特徴はモデルや俳優さんを起用することですよね。でも、そうした著名人はなかなか撮影のための時間を取ることも難しいです。そこで、3DCGスキャンを使い、著名人の見た目のデータを取って、アセットとして広告に使っていくんです。」
写真から生成された、3DCGのタレントが広告に登場する
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そうした3DCGスキャンを主にしている会社が2018年4月にサイバーエージェントグループとなったAvattaです。CEOの桐島ローランド氏は、もともと写真家で20年以上に渡り活動してきた実績を持っています。
「その写真のスキルは、CG業界にてフォトグラメトリという技術に繋がりました。」とローランド氏は話しました。これは様々な角度で撮影した写真から、CGモデルを生成する技術のことです。
「その技術を使って、主にタレントさんのCGモデルを作りだすんです。」ローランド氏はそう説明します。タレントが忙しく時間が取れないため、CGモデルを利用してCMを作るために利用するのです。ここでは制作したCGモデルを「アバター」と説明していました。
これは先ほどの芦田氏が話した内容にも重なる形であり、ローランド氏はフォトグラメトリが広告制作にとってどんなメリットがあるかを詳しく解説してくれました。「基本が写真ですので、コストがかからないんです。さらに、フォトリアルなテクスチャーを貼ることができますので、クオリティの高いモデルをスピーディーに制作できることが大きいです。」
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ローランド氏は制作の一例として、Avattaで制作した競輪の広告を紹介しました。女性選手をフォトグラメトリでスキャンしたモデルを使用し、他のクリエイターに衣装制作を依頼。背景も3DCGで制作されています。
かつては“TO ALL”とみんなに向けた広告の時代でした。マスメディアであるテレビで放映するCMのクオリティを上げていくことが、広告のクリエイティブだったと言います。しかし今はクオリティの高いものを大量に、早く作る必要があります。そこで、ローコストで制作ができるCG技術は重要だと説明しました。
もう現実の俳優を超えてしまっている?「アバター」や「キャラクター」のもたらすメリット
さらにローランド氏はこうした現実に対し、未来の展望を語ります。「もっとアバターが利用される時代になるでしょう。アバターの制作にはコストがかからないからです。」
実際に海外で起きている事例も紹介されました。Instagramの著名アカウントであるShuduです。彼女は一見、実在するモデルのように見えますが、実はCGで制作された架空の人物です。
これが話題となり、あとでファッション業界にも進出しました。ただ、Shudoはよく見ればCGとわかるクオリティです。今後はより高いクオリティのCGが登場し、現実と識別できないものが出てくると見ています。
ローランド氏は非実在のアバターを広告で使う利点は、現実のタレントがもつ様々なコストから解き放たれる点を挙げます。「現実のモデルには、広告として利用できる期間が決まっているんです。それを過ぎると、一斉に撤去しなくてはならない手間がありました。それがなくなるんですね。」と語ります。「あと実在しないモデルは、現実のように不祥事を起こさないという利点もありますね。」とも続けていました。
さらに、有名俳優の顔だけをキャプチャーしたものを他の俳優に合成する技術も紹介されました。こちらは、体格の近い他の人物に俳優の顔のみを張り付けることによって、さも本当に俳優が演技をしているかのように見せる目的です。
その他にも3DCGで制作された背景を、自然に合成する技術も紹介。「クオリティとしては、CGだとわかってしまう点もあります。しかし、大画面で見る映画と違い、広告はスマートフォンやPCの画面上で観るため、十分なクオリティとなっているのです。」と語られました。かつては海外ロケでCMを制作するのに膨大なコストがかかっていましたが、この技術によってローコストになった点を挙げます。
いずれも、現実の著名人を起用するコストを大幅に下げつつ、高いクオリティを実現しながら量産できる技術が揃っていることを紹介しています。芦田氏は日本でのアバターやキャラクターを生かした広告展開の、今後の可能性として「漫画やアニメ、ゲームのようなキャラクター的なものはすでにたくさん出てきつつあるので、今後はよりフォトリアルな表現を追求し、実写に近いところでの活用が進むのではないでしょうか。」と分析していました。
AIと広告が交わり、今後起こること
さらにAIによる、広告の自動生成の例も挙げられました。バーガーキングを例に、AIに膨大なCMのデータと広告のレポートをもとにディープラーニングを行わせ、ナレーションを作成してもらうという試みを紹介しました。
それはたどたどしい内容でしたが、中橋氏は「2018年の現在では、まだたどたどしくとも“AIがCMを自分で作った”という不気味さや新奇性が面白いと感じます。」と評価しています。
芦田氏は、今後AIがディープラーニングをするのに必要な広告データが生かされる可能性も示唆しました。「サイバーエージェントでいうと、インターネットの広告から結果データが蓄積されているんです。ユーザーが広告を観たあとに、ポジティブなアクションをしたのかの膨大なデータを持っています、そこでたとえば、マッチングサービスならば男性がお金を使いたくなるタイプの女性というのがどんな方なのかがわかるんです。」
中橋氏は「AIは人間の作業効率を上げると考えています」と語ります。AIで取り組んでいるテーマは人間のクリエイティビティを拡張していくことだと話しました。「AIがどこに入ってくれば、人間はより拡張するかを追求しています。」
現在の研究の流れでは、AIによってジェネレートされたアバターも出てくる可能性もあるといいます。「“TO YOU”の究極は、ひとりひとりに合わせたカスタムメイドの広告ですね。」ローランド氏はそう説明します。「僕らの想像しないものが出てくる、すごい時代になってきました。次の10年間はCGと広告にとっては、大きな可能性があるのではないでしょうか。」とセッションを締めくくりました。