今回のテーマは「R&Dことはじめ~ゼロから始める研究開発~」。2018年9月に研究開発部を立ち上げた對馬正ジェネラルマネージャーが、研究開発部門の役割や、部署立ち上げの際に行った社内への働きかけなどをご紹介しました。
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1974年生まれ。大学在学中にゲームプログラマーの仕事を始め、そのまま大学を中退。リードプログラマー、ディレクター、プロデューサー、マネージャーを経て、2010年に起業。2018年に社長を退任し、ディライトワークスに入社。
對馬氏は冒頭で、「ゲーム会社で新しくゲーム研究部門を立ち上げるという非常にレアな体験を皆さんと共有して、皆さんが新しいことを始める際のヒントになれば幸いです」と挨拶。同セミナーのタイトルは、江戸時代の蘭学医・杉田玄白の『蘭学事始』、さらには長月達平の『Re:ゼロから始める異世界生活』からインスパイアされたと伝えました。
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■研究開発の定義を定める
研究開発部を立ち上げるにあたって、そもそも「研究開発とは何なのか?」を定義するところから始めた對馬氏は、様々なケースや言葉を参考にしたことを明かしました。
・Wikipediaの定義
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技術的な優位を得るための活動と捉えていることから、「他国や同業他社、ライバルの一歩先を行くのが目的」と解釈したと言います。
「しかし、最近の状況を見ていると、必ずしも当てはまらないと感じました。例えば、技術が上のゲームが必ずしもストアのランキング上位に来るとは限らない。ある水準を超えると技術以外の部分での勝負になってくる」(對馬氏)。
・金融庁の定義
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「新しい知識の発見」「研究の成果その他の知識を具体化」と捉えていることから、「誰も知らないことを発見し、世の中に役立つようにする」と解釈した對馬氏。「非常に日本的な捉え方」だと感じたそうです。「日本では性能の素晴らしさをアピールするが、例えばアメリカではその性能によってライフスタイルがどう変わるかにフォーカスしている」ことから、しっくり来なかったと言います。
・経済産業省の定義
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「第4次産業革命型の新たなサービス」では、loT(Internet of Things)やビッグデータなどを対象にしており、そこにはユーザーの行動も含まれていることから、對馬氏は「我々がやることはこれだと思った」と言います。
・杉田玄白の言葉
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さらに、『蘭学事始』に書かれている「是非とも用立つものにしてお目に掛けるでござろう」という言葉を挙げた對馬氏。杉田玄白が蘭学を学ぶために欲した本を家老の岡に買って欲しいとねだった際、「その本を買って役に立つのか?役に立つなら藩の経費で買ってあげよう」と言われ、「絶対役に立つとは言い切れないけど、是非とも役立てよう」と答えた杉田玄白の選択肢を正解にする決意を称賛し、自分もこうありたいと語りました。
・長月達平の言葉
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最後に對馬氏は、『Re:ゼロから始める異世界生活』にある「一から……いいえ、ゼロから!!」を挙げ、「私の知見だけど、ゼロは一と違って歩み始めるのではなく、道を切り拓く」と捉えたと言います。決められた課題に対して研究をするのではなく、まず何を研究するのかという方向を決めるところから始まる研究開発に対して、對馬氏は「他者の研究を参考にしつつも、自分がゼロから考えようと思った次第です」と語った。
以上から、研究の定義や目指す方向性を固め、次に同業他社の研究も行った結果、目的と手段を明確にする必要があると感じたそうです。
■手段を目的化しないようにする
ここでは「Jobs to be done」という研究開発部が果たすべき、より根源的な目的を考える重要性を説きました。例えば、自動車会社フォード・モーターの創設者であるヘンリー・フォードは、「もっと早い馬が欲しい!」という人々の声から、「別に早い馬が欲しいのでは無く、もっと早く。もっと安全に移動したい」という根源的な欲求を見抜いたことで、自動車の量産化に取り組んで成功しました。
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また、對馬氏は自身の経験から「手段が目的化していないか」に気をつける必要があることを学んだそうです。「ずっと東京大学に入りたいと勉強していた私は、入った瞬間に何をしたいのか分からなくなってしまった」(對馬氏)。
それでも自身を見つめ直し、両親の都合でアメリカに住んでいた時期に、現地の友だちの家で遊んだゲームが「メイド・イン・ジャパン」だったことが誇らしかったため、日本に帰ってきてプログラミングの勉強を始めた気持ちを思い出し、大学を辞めてゲーム会社に入ったことを明らかにしました。
■組織の中で浮かないように留意する
気をつけるべきは「会社の中の研究開発部なので、企業理念に反するものを作っても他の部門と相乗効果は得られない」こと。それを踏まえたならば、「(面白いゲームを作るために)技術的な制約を取っ払って、『俺はコレを実現させたい!』と頑張るエンジニアであるべきだ」と感じたと言います。
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同時に、對馬氏は既存部門である技術部との棲み分けをはっきりさせることも大切だと説明しました。技術部が既存のゲームに紐づく技術の開発部門であることに対し、研究開発部の目的を「まだ認識されていない課題を見出し、技術の力で解決すること」、さらに「自社のためだけの研究ではなく、ゲーム業界全体の発展に貢献するような研究をしていく」ことに決めました。
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■職場なじみ術
對馬氏は2018年に同社入社したばかりなのもあり、研究開発部を立ち上げる際に実行した職場に馴染むための取り組みの重要性についても説きました。
・秘書はキーパーソン
「社長秘書と仲良くなること」を心がけたと言います。社長は出張だったり、一日中会議だったりすることがあり、直接話すために時間を確保することが難しい場合でも、秘書と信頼関係を築いておくことで「ここなら時間を取れそう」というような情報をもらえたり、秘書経由で自身の考えを伝えてもらえるからです。また、秘書はフラットな目線で社内全体を見ていることから、自身が抱えている問題を誰に相談して良いか分からない時などに適切な人に繋いでくれるなどの知見を持っていると感じたそうです。
・メラビアンの法則
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同時に研究開発部は今までの社内ルールが当てはまらないことに取り組むことも多いため、社内の人達と関係を築いておくべきだと思ったそうです。そこで、怒った顔でありがとうと言ったり、優しい口調だけど文句を言ったり、矛盾していた時に受け手がどの情報をどれだけ参考にするのかを実験した「メラビアンの法則」から、直接顔を合わせることが大切だと考えました。
「様々な部署が別々の階にあるので、普通に仕事をやっていると顔を合わせることも少なくなるため、毎朝別ののフロアに行って顔を合わせて挨拶することを続けたんです」(對馬氏)。
そうすることで、雑談に近いちょっとした相談もしたり、されたりするような関係性が構築されたと言います。「これは非常に組織が活性化すると感じた。これが昼だとまたダメなんです。朝だから『おはようございます』と言うだけでいい。プラスαの相談がなくても、目的が1つ達成されていますから」(對馬氏)。ちなみに、社外の人との交流ならば、ご飯に誘うことを勧めました。
「会議となると、アジェンダを作って1時間しっかり話す必要あるけど、ご飯は食べるだけで目的が達成できますよね。さらに、プラスαで良い話があるかもしれません」(對馬氏)。
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最後に對馬氏は、「何でも挑戦しよう」と仕事の依頼を断らなかったことで、3つのプロジェクトに携わることになり、研究開発部としては研究も成果もこれからという段階で、外部の講演に登壇できたことの経緯を明かしました。それによって、短期間で社内事情に詳しくなり仲間も増え、自分の考えを言語化することで自信が持てたと言います。
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定義、目的、実行するための留意事項と解決、プロジェクトが走り出す前の念入りの準備の大切さを改めて感じました。DDC第3回は2月27日に予定されており、同社のプロジェクトマネージャーがどのような仕事に携わってきたのかを紹介する内容となっています。
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