広告制作やソーシャルゲーム開発を行うカヤックが、eスポーツ分野への出資を加速しています。
2021年9月にプロのゲームトレーナーからゲームを学ぶサービス『ゲムトレ』を運営するゲムトレを子会社化。2022年8月にはeスポーツスクール事業を行うeSPの株式777,778株を5億6,000万円で取得しました。これによって、カヤックの保有比率は70.0%となりました。
2022年10月にはeスポーツの大会運営ツールを提供するPapillonを子会社化しています。
カヤックはeスポーツを重点投資分野と位置付け、M&Aを加速しています。それはなぜでしょうか?
『東京プリズン』の大失敗で赤字に
カヤックがeスポーツを重視している理由は、業績と事業展開の2つの側面から説明することができます。
まずは業績の推移から見ていきましょう。
2014年12月に新規上場して以来、カヤックの業績は3度の大変調に見舞われました。
1度目は2016年12月期。売上高は前期の1.5倍に膨らみ、営業利益率が11.7%で、上場以来(2022年12月期まで)最高となりました。2度目は2018年12月期から2019年12月期にかけて2期連続の営業赤字となった時期です。3度目が黒字転換して売上成長率が継続的に30%超となった2020年12月期以降です。
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※決算短信より
3度の変調には広義の「ゲーム」が深く関係しています。
2016年12月期は『ぼくらの甲子園!ポケット』が手堅くヒットを重ねていた他、2016年9月に大型アップデートを実施。アップデート直前の8月にテレビCMを放映するなど、マーケティングにも注力してユーザーを取り込みました。
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※「祝!4周年!「ぼくらの甲子園!ポケット」が大型アップデート!」より
更に2016年2月にはゲームの受託開発を行うガルチの株式を取得。第三者割当増資を引き受けて子会社化します。ガルチの業績が本格的に寄与した2Qからゲーム事業の売上高は大きく伸張しました。
■カヤック2014年12月期から2016年12月期2Qまでの売上推移
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※決算説明資料より
2017年12月期の売上高は前期比10.7%増の60億8,700万円、営業利益率は5.0%増の6億7,500万円と堅調でした。しかし、2018年12月期に減収へと一転し、上場以来初の営業赤字に陥ります。
減収の主要因となったのが、ゲーム事業の売上高の縮小。前期比25.1%減の23億1,000万円で着地しました。カヤックは3年ぶりとなるスマートフォン向けオリジナルタイトル『東京プリズン』をリリースするものの、想定する売上に届きませんでした。経営資源を『東京プリズン』に集中しており、既存タイトルも伸ばし切ることができませんでした。
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※「カヤック、約3年ぶりにオリジナルスマホゲーム『東京プリズン』を本日正式リリース!」より
『東京プリズン』の外注費や広告宣伝費を吸収できずに赤字を出します。カヤックは2019年12月期に営業赤字が拡大し、暗黒期を迎えました。これを救ったのが、eスポーツのウェルプレイド(ライゼスト)でした。
ウェルプレイドとライゼストの統合が成長の足掛かりに
カヤックは2017年6月にウェルプレイドの第三者割当増資を引き受けて出資比率を60%まで高め、特定子会社化しました。ウェルプレイドは2017年10月期に4,900万円の経常利益を出しましたが、その後2期連続で経常赤字を計上するなど、業績はパッとしませんでした。
潮目が変化したのが、2021年2月のライゼストとの合併。ウェルプレイド・ライゼストとして生まれ変わった後の2021年10月期の売上高は、前期の2倍となる16億7,100万円、営業利益は32倍の1億2,800万円となりました。
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※決算短信より
eスポーツのイベントはサブスクリプション収入のような、ストック型のビジネスモデルを展開しづらく、スポンサーなどと企画を立ち上げ、大会運営を行うというフロー型のビジネスモデルが中心。プロゲーマーの動画配信などによる安定的な収益獲得にも動いていますが、主力事業は大会運営によるクライアントからの収入や、eスポーツ関連施設のプロデュースなどのフロー型で現在も大きく変わっていません。
そのようなビジネスの場合、大会運営会社同士が競争し合うよりも、統合した方が顧客開拓が進んで価格競争も起こりづらくなります。企画やプロデュース業に集中できるため、イベントや企画内容の質も高まります。ウェルプレイドとライゼストの統合も正にそのケースに該当し、成長軌道に乗ることができました。
ウェルプレイド・ライゼストは2022年11月30日に新規上場し、初値は公募価格の5.3倍となる6,200円をつけました。初のeスポーツ関連ビジネスの上場ということもあり、市場の期待感は過熱していました。
カヤックのウェルプレイドを主軸とするeスポーツ事業の売上高は、2022年12月期に前期比18.9%増の27億7,300万円となりました。この期にカヤックの主力事業の一つ広告制作事業の売上高を追い抜きます。成長性、売上構成比率の2つの側面から、ゲームに次ぐ事業へと成長しました。
広告制作のイメージが強いカヤックですが、今や業績面においてeスポーツを外して語ることができなくなりました。
eスポーツの周辺事業に価値を見出す
カヤックが展開する事業においても、eスポーツは非常に相性の良いものであることがわかります。
事業の結びつきを見る前に、eスポーツという産業がどのような構造をしているのか改めて確認しましょう。というのも、eスポーツという領域がどこまでを指すのか、今一つ分かりづらいためです。
eスポーツはイベントの開催、動画配信、グッズの販売、PCやコントローラーの販売などの中核をなす産業から、選手の育成、金融・保険、練習場の整備、観光業(大会ツアー)、健康の増進など、幅広い経済効果に期待できます。eスポーツの一番のポイントは、この裾野の広さです。
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※eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会「日本のeスポーツの発展に向けて」より
日本eスポーツ連合は2021年の国内のeスポーツの市場規模は78億4,200万円と試算しました。2025年には179億6,800万円となる予測を出しています。決して大きいとは言えず、産業の成長への期待感が失われます。しかし、この試算はスポンサー収入やチケット、放映権、ストリーミング、グッズ販売などが中心。周辺事業への波及効果が含まれません。
KPMGコンサルティングがまとめた検討会の資料によると、周辺事業を含めると市場規模は2.5倍程度に拡大するとしています。eスポーツだけではマーケットが大きいとは言えないため、周辺ビジネスをいかにして取り込むかが重要なのです。カヤックにはその下地が整っていました。
泉佐野市とタッグを組んでeスポーツによる地方創生を開始
キーワードは地方創生です。
カヤックは2018年6月に地方創生事業に参入し、自治体シティプロモーション支援を開始しました。地域の活性化を促進するコンテンツを作り出し、「まちのコイン」などのプラットフォームを導入するというものです。鎌倉、石垣、八女などへの導入実績があります。
ウェルプレイドは泉佐野市、南海電気鉄道と協業し、泉佐野市のeスポーツ先進都市化プロジェクトを開始しています。高校生を対象として、泉佐野市で強化合宿を開催しました。
カヤックの地方創生とeスポーツが高いシナジー効果を生む可能性があるのです。カヤックの地方創生事業の売上高は5億円にも届いておらず、本格的な収益化はまだ先でしょう。eスポーツの市場が拡大し、地方創生と上手く噛み合ったとき、カヤックがもう一段成長できるのは間違いありません。現在はその成長投資の段階にあります。
カヤックの柳沢大輔社長は、経済専門チャンネル「日経CNBC」において、「eスポーツに全方位で投資する」と語っています。その背景にはeスポーツが様々な産業と繋がっていることがあるでしょう。