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最新作『スカーレット・バイオレット』ではオープンワールドへとマップが広がり、ふしぎな生き物たちとの冒険の楽しみ方が多彩になっている『ポケットモンスター』シリーズ。
ゲーム開発者向けカンファレンスイベント「CEDEC2023」では、そんな『ポケモン』世界の音響にまつわるセッション「ポケモンの せかいを かけめぐる おと! おんきょうデザインで ひろがる ぼうけんの すがた!」が実施されました。
本稿ではリアルな環境音や鳴き声の制作方法が紹介されたセッションの模様をレポートで紹介します。
◆ポケモンの鳴き声で情緒ある世界を表現するために
本セッションのスピーカーは株式会社ゲームフリークで『金・銀』からサウンドに携わっている一之瀬剛氏と、株式会社コネクテコ代表取締役で、『ポケットモンスター』シリーズを始めとして数々のタイトルを手掛けてきた北村一樹氏。そしてフリーランスのサウンドプログラマーで『Pokémon LEGENDS アルセウス』からシリーズの音響に携わっている岩本翔氏が務めました。
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まずはポケモンにおける「環境鳴き声」の歴史の紹介から。ゲームの世界でリアルな音響を再現するためには鳥や虫の鳴き声など自然の音を鳴らして表現することが多いもの。しかし、ポケモン以外の生き物が存在しない世界ではそれをポケモンの鳴き声によって行わなければいけません。
そんな「環境鳴き声」が実装されたのは『ルビー・サファイア』から。当時はエリアに出現するポケモンの鳴き声をランダムに再生するもので、鳴き声も1体につき1種類しか設定されていなかったため、非常にシンプルなものでした。『サン・ムーン』からはいくつかのポケモンを厳選して専用の環境音・鳴き声を作成。音量やピッチをランダムにして再生することで、フィールド上で流すと情緒ある環境音へと進化していきました。
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しかし、2019年発売の『ソード・シールド』ではワイルドエリアなどの機能が実装され、カメラ固定がなくなって自由に動き回れるようになったことで状況が一変。開発スタート時には一之瀬氏も「環境音、どうしよう」と途方に暮れ、サウンド用のミドルウェアを調査していく中で北村氏との出会いに繋がったと、当時の状況を振り返りました。
ここからセッションは北村氏による「音ネタの作り方」についての紹介へ。まず生物がポケモンしか存在しない世界で自然環境音をリアルに表現するために、自然でどんな音が聞こえてくるのかを知ろうと考えた北村氏は「そうだ、山へ行こう!」と、実際に自然豊かな山へ。森の中に小型スピーカーを配置し、ランダムにポケモンの鳴き声を再生してどのように聞こえるのか収録する実験を行いました。
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これでポケモンの鳴き声を空間ごとのリアンプには成功したものの、鳥や虫の鳴き声が入っていることもあってゲームで使用できるものにはなりません。しかし、ここで自然で鳴っている虫の鳴き声などが「かなりシンセサイザーの電子音に近い」ことに気付いた北村氏は「伝音で構成されているポケモンの声も、空間での響き方や遮蔽物をリアルにシミュレートすればリアルになるのではないか?」と考え、スタジオ収録を敢行。色々な方向に向けたスピーカーから発する音を高さ4mに設置されたマイクで録音し、自然なサウンドメイキングを成功させました。
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こうして『ソード・シールド』では昼用、夜用、ウールーがいるエリアの昼用など複数のセットが用意できたものの、容量的な問題もあってステージごとの差分があまりなかったことが課題に。そこで『アルセウス』では全ての登場ポケモンの鳴き声を近距離・中距離・遠距離でマイキングした音源を用意し、ポケモンのスポーン状況に応じて鳴らすよう進化させました。
これでクオリティの高いサウンドは実現できたものの、今度は「登場ポケモンの数×5種類の鳴き声×3タイプの距離」と膨大なアセットが必要になってしまうため、多数のポケモンが登場する最新作では同じシステムは使用できません。そこで『スカーレット・バイオレット』では鳴き声にエフェクトをかけることで距離感を表現することに。こうした作品ごとに多彩な工夫によって『ポケモン』世界の音響は作り上げられているのです。
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◆鳴き声を“進化”させるために
ポケモンの鳴き声は『X・Y』からバリエーションが豊富になっており、図鑑で再生される基本の鳴き声に加えて「喜び・怒り・悲しみ・気付き」の5パターンが収録されています。しかし初代『赤・緑』から最新作までを比較すると波形の性質が全く異なっており、それでいてユーザー認知度も高いので変にバリエーションを追加するとイメージを壊してしまう恐れもありました。
そこで北村氏はまず増田順一氏と一之瀬氏に「赤緑の鳴き声ってどうやって作ったんですか?」についてのヒアリングを実施。両者から「クリエイティブが挟まっていること」「その音になってユーザーが喜ぶかが大事」との回答を得て、音作りの柱となる理念にしているそうです。
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そうしてスタートした音作りでは、サウンドデザインツール「GameSynth」で知られるtsugiさんに技術協力をお願いし、オリジナルのツール「PokeSynth」を開発。この機能によってオリジナルの鳴き声を音源に、自由にストロークを調整したり人間の声の演技に合わせて調整したりと、鳴き声のバリエーションを自由に生成できるようになりました。
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これによってカットシーンにおける鳴き声によるポケモンの感情がより豊かになっており、他のシーンでは流れない専用のサウンドが生まれています。例えば『スカーレット・バイオレット』の冒頭でミライドンやコライドンがサンドイッチを食べるシーンは基本鳴き声をベースに北村氏の演技に合わせて調整した鳴き声が使用されているのだとか。
ここまでで紹介された音作りに加えて、演出面で重要になるのが「鳴らし方」です。『アルセウス』で目指したのは、雨が降っていると鳴かないポケモンや夜にしか鳴かないポケモンなど、生態に合わせた発音。そして、絶対にいるはずのないポケモンボイスが鳴らないよう、スポーンを管理する「スポーナー」から、出現する可能性のあるポケモンをピックアップしてボイスを抽選することに。
『アルセウス』もカメラを自由に動かして歩き回れる形式であり、聞こえ方を工夫するために「左右」と「距離」が区別できる仕組みへ進化。カメラの左右に見えないスピーカーオブジェクトを配置し、そこから音を鳴らすようなイメージとのことで、プレイヤー(リスナーオブジェクト)がエリアに入ると、そこでスポーンする可能性があるポケモンの情報を「環境ボイス発音システム」へ受け渡します。そして周囲30m~70mのオブジェクトを毎秒リストアップし、音のインターバルなどを処理して、ようやくランダムにポケモンボイスが再生されています。
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この時点でもポケモンの生息する環境を表現する音響として十分機能しているようにも感じられますが、『スカーレット・バイオレット』では更に生態をリアルな表現を目指し、ポケモンが「活動するであろう」場所や時間帯、天候などを定義してコントロールすることを目指しました。
ここでも北村氏は、まず「生き物がどんな習性で鳴くのか」を知るために山へと取材に。東武動物公園などでも動物の声を聞く体験を重ねた結果、時間帯によって鳴いている生き物の種類に違いがあること、そして体の大きさなどによっても頻度が異なってくることを発見しました。
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それらを踏まえて『スカーレット・バイオレット』では、各ポケモンにタイプとは異なる「鳴き方種別」を割り振り、個別の鳴き方のパターンなどシーケンスを定義した鳴き声システムが構築されたのです。
加えて、サウンドプログラマーの岩本氏からは「環境鳴き声シーケンサー」の特徴が紹介されました。岩本氏は最初オーディオミドルウェア「Wwise」の機能が活用できないか考えたものの、求める自由度を考慮して独自のシーケンサーを作成することに。
まずは鳥ポケモンや虫ポケモンなどの「鳴き声種別」に応じてインターバルや感情などを定義。そしてポケモン同士が鳴き声で“コール&レスポンス”を行う生態を表現するため、それらのシーケンスを繋げる「チェイン」を設定することで、ポケモンが場所や時間に適した鳴き声を発生するように作られています。
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◆自然豊かな世界を演出する環境音
ここからテーマは鳴き声以外も含めた『ポケモン』の環境音へ。シリーズで本格的に環境音に取り組んだのは2009年発売の『ハートゴールド・ソウルシルバー』からで、風車の音や波の音に加え、床の素材で主人公の足音が変化するなど、冒険の臨場感を高める要素になっていました。ただ、当時は人力でマップごとに音を設定していたのでコストが大きく、以降の作品では環境音は部分的に設定されるのみに留まっていました。
2016年発売の『サン・ムーン』からは豊かな自然の表現を目指し再び環境音に着手したものの、不規則な地形への設定を人力で、そして開発段階でのマップ変更にも都度対応しながら進めなければいけないなど課題が多く、広大なマップになっていくSwitch版での開発に向けて効率化が求められていました。
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ポケモン達と人間が暮らす世界のリアリティを表現するには、画面外の環境音や天候による環境音などが必要になります。『アルセウス』では「侵入したり近づいたりすると発音する」形状を利用するシステムを採用したものの、配置コストが高く、地形の変化や複雑な地形に対応できないという難点がありました。
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そこで『スカーレット・バイオレット』では「Wwise」を活用し、オブジェクトに配置された「点群」が聞こえる範囲に1個以上あれば発音するシステムへと転換。点群のデータが環境音配置をかなりの割合で自動化可能で、処理負荷の面でも優しいシステムになっています。
この音の鳴らし方もオブジェクトによって大きく異なります。「木」は見えている座標にコンポーネントを入れて音を鳴らすシンプルな仕組みですが、「水」は陸地との境目を5mおきに点を打ち、そこが川なのか海なのかによって発生する音も変化させています。そしてあまりにも膨大な数が存在する「草」は、キャラクターを中心に周囲にある草の情報を収集し、その情報に対応する音を発しているのです。
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こうして様々な手法によって盛り込まれたサウンドでは、デバッグも非常に複雑に。開発チームでは、音源の座標とイベント名・距離を表示する「Gizmoデバッガー」など、サウンドの情報を可視化するツールによってデバッグを効率化しており、「イベントの切れ目でフィールドBGMが一瞬鳴ってしまう」状況を防いだり、音に優先度を設定して必ず鳴って欲しいサウンドが優先的に再生されるように工夫したりと、自然なサウンド作りに役立てられています。
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『ポケモン』の音響制作の裏側が専門的な内容まで紹介された本セッション。最後に北村氏は、目まぐるしくハードウェアが進化している時代での制作においては「困っている時は識者に相談する」「外に脚を向けて情報を得る」というサウンドに限らずクリエイティブ全般において重要なことが、最終的に「ユーザーに喜んでもらえること」に繋がると述べ、セッションの結びとしました。
冒険できるマップが広くなり、そのグラフィックや新ポケモンについ注目してしまいがちな『ポケモン』の世界。そこであまりにも自然に鳴っている音や鳴き声にじっくり耳を澄ませながら歩いてみると、サウンドの奥深さを味わえるのではないでしょうか。