石油大国として知られるサウジアラビアは、脱石油依存を掲げてコンテンツ産業への投資を拡大させている。その中にはマンガやアニメも含まれている。
そんなサウジアラビアのアニメ・マンガ製作会社「マンガプロダクションズ」がAnimeJapan2025にブースを出展。昨年に続いての出展となる同社を率いるのはブカーリ・イサム氏。同氏は、同社設立前には、外交官として日本の在日サウジアラビア大使館に勤務していた経験があり、日本語も堪能、日本社会に対する理解が深い人物だ。そんなイサム氏に、同社の事業と日本との共同製作などについて話を聞いた。

[取材・文=杉本穂高]
■サウジアラビア人は日本のアニメを見て育った
――マンガプロダクションズがアニメジャパンにブースを出展するのは、どんな意図があるのですか。
イサム:私は日本のアニメを見て育ったので日本が大好きですが、サウジアラビアで私のような人間は特別ではなく、多くの人々が日本のアニメを見て育ったんです。
アニメジャパンへの参加は、アニメ好きな人との文化交流を深め、アニメを通してサウジアラビアの文化を知ってほしいからです。AnimeJapanは、日本だけでなく世界で最も大きなアニメのイベントの1つです。私たちにとってアニメはコンテンツというより文化ですから、自分たちのアニメを日本の方たちにも届けたい。もちろん、ビジネス的視点も必要ですが、私はここにビジネスパートナーではなく友人を作りに来ています。お金よりも人間関係をまず大事にする、だからアニメジャパンに参加して友人を作り信頼関係を築きたいんです。
――子どものときはどんなアニメがお好きだったのですか。
イサム:『アラビアンナイト シンドバットの冒険』『UFOロボ グレンダイザー』に『キャプテン翼』、それから『ベルサイユのばら』も大好きでした。今の若い世代は『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』『SPY×FAMILY』 など日本でも人気のある作品がサウジでも好まれています。
――サウジアラビアでも、世界で知られたタイトルが人気を集めているわけですね。
イサム:そうですね。しかし、一つ気がかりなのは、最近の日本アニメは、大人をターゲットにしている作品が多いことです。もちろん、これらの作品はすごく面白いですが、世界の小さな子どもたちが意外と日本のアニメに触れていないんです。私の世代はアニメと言えば日本の作品でした。そういう私が今でもアニメを好きなのは、子どもの頃から見ていたからです。子どものためのアニメももっと作らないと10年後、20年後の日本アニメの世界市場はどうなっているかわかりません。少子化の影響もあると思いますが、日本のアニメはグローバルなパワーを持っています。世界に目を向ければ子どもの数はものすごく多いですから、世界マーケットを忘れてはいけないと思います。そのために、我々マンガプロダクションズも日本のスタジオと協力して、ともに世界を目指す作品を作っていきたいのです。
――御社が日本のスタジオと共同製作した『アサティール』シリーズなどは、サウジアラビアでは家族皆で見られているのですか。
イサム:はい。小さい子どもはもちろん、父親や母親も一緒に見ています。ディズニー作品やスタジオジブリ作品も大人が子どもを映画館に連れて行きますよね。ですので、大人が観て面白いと感じることも大事にしています。『アサティール』でこだわったのはアラビア語版の声優です。80年代、90年代、今小さい子を持つ親たちにとって有名なベテラン声優を起用することです。一方で、メインキャラクターには新しい才能にチャンスを与えたいので、若い人たちを起用しています。

――イサムさんは、昨年のアニメジャパン・ビジネスデイで講演されていますが、そのときにサウジアラビアの3人に1人はアニメを見ていると話されていました。どのような形でサウジの人々はアニメを見ているのですか。
イサム:『アサティール』は世界8つのプラットフォームで配信し、テレビでは最も影響力があるテレビ局MBCというチャンネルで放送されました。それも金曜日の夕方、ゴールデンタイムと言っていい時間帯です。かつては、海賊版で見る人が多かったのですが、我々マンガプロダクションズが正式に日本企業と取引していく中で、正式なルートで楽しめるようになってきています。
『グレンダイザーU』に関しては、日本の放送とタイムラグなくサウジでも放送されていました。アラビア語吹替版を日本と同じタイミングで放送するのは大変でしたが、サウジの方々に素晴らしい体験をしてほしくて頑張りました。タイムラグなく提供することで海賊版を減らせるし、正式なルートでアニメを見るという文化が定着することになります。吹替版のクオリティもとても高いものになりました。「メイドインジャパン」の精神は、私はクオリティに対する責任感だと思っています。日本のアニメを手掛けるのだから、我々もその責任感のもと作ったんです。
――『グレンダイザー』は70年代の作品ですが、サウジアラビアでは若い人にも浸透しているのですか。
イサム:そこが大きな挑戦でした。我々はマーベル映画のように、かつてのヒーローを現代に蘇らせて若い世代にも知ってもらう必要がありました。『グレンダイザー』については、日本以外の国の配給も担当させていただきました。中東の会社としては初めてのことです。さらにゲームのパブリッシャーにもなっています。リヤドに巨大な銅像も建ててギネスブックにも認定されました。さらに、『グレンダイザーU』とタイアップしたポテトチップスは1日約50万個売れています。IPを360度展開することで若い世代にも浸透させる展開をどんどんやっていきたいと考えています。
――昨年『ドラゴンボール』のテーマパーク建設の話題は、日本でも大きく報じられました。
イサム:私は担当ではないですが、言えることがあるとすれば、日本のSNSではサウジに作られて悔しいという声もありますね。でも、これは日本人のスポーツ選手がヨーロッパで活躍するようなものなんです。日本が生んだキャラクターが世界で活躍していることの現れです。この事例は、日本とサウジアラビアが力を合わせて、今までになかったものを世界に示す、それが私の考える成功の姿です。むしろ、このテーマパークが他国のIPのものだったら、それこそもっと悔しかったはずです。
■人材育成と未来へのビジョン
――マンガプロダクションズの業務はアニメとマンガ、ゲーム事業と多岐に渡りますね。
イサム:マンガプロダクションズの中核は、IPクリエイションです。アニメが中心ですが、マンガやゲームといった領域も含めてIPを管理・運用していくことが我々の事業です。
その他、人材育成も行っており、サウジアラビア文化省と協力して、KADOKAWAコンテンツアカデミーに3年間、サウジのマンガ家の卵を派遣させていただき、マンガ家の育成を行っています。
さらに、サウジアラビアの教育省と文化省の協力のもと、350万人の学生にオンライン講座でマンガを教えています。教育省が運営しているオンラインプラットフォームを利用させてもらって行っています。
――350万人はすごい数字ですね。それだけマンガ家を志す方が今サウジアラビアにはいるんですね。
イサム:はい。アニメとマンガは文化です。そして、マンガを学んだからといってマンガ家になるとは限りません。今はAIの時代になってきています。AI時代には、あらゆる場面で想像力が重要になるはずです。マンガを学ぶことは、新しいアイディアを生み出し表現するスキルを学ぶことです。そのスキルは社会のあらゆる場所で役立つはずです。
――マンガを教育のツールとしても活用されているということですか。
イサム:そうなんです。サウジアラビアには文化のスキルを競う大会があります。スピーチや歌など13部門の中にマンガも含まれています。
――人材育成という点では、マンガ家以外にもアニメーターなども育成されるのでしょうか。
イサム:あらゆる人材を育成します。配給に携わる人、ライセンス管理、ゲーム開発者もです。『アサティール』の1作目では自ら配給はできませんでしたが、2021年の映画『ジャーニー』は自ら手掛けることができました。『グレンダイザーU』では配給をサウジアラビアで担当しています。
私はこの会社を興して8年目ですが、この8年の実績で一番大きなものはそういうスタッフを育てることができたことだと思っています。
――人材育成は、日本アニメでも大きな課題です。日本のアニメ業界に対して、人材育成という観点で何か思うことはありますか。
イサム:人材が足りないのは、少子高齢化の問題もあるかもしれませんが、アニメ業界が魅力的な職場になれていないからだと思います。例えば、金融業界で人材不足という声は聞きませんよね。自動車などの製造業も同様です。やはり、昔の考え方では未来は戦えないですから、変革が必要だと思います。
それと、世界とやり取りするときは、日本のビジネスマインドだけでやってはいけないということを申し上げたいです。こだわりは大切ですが、意思決定に時間がかかりすぎるのは問題です。日本で2、3年かかる交渉もほかの国では2、3か月で終わります。私が運営しているもう一つの会社では、韓国の会社と取引を始めました。ウェブトゥーンを中東でも始めるのですが、韓国の会社は時間を大切にするだけでなく、担当者がアラビア語を話せます。
――日本企業の意思決定の遅さは、いろいろなところで指摘される問題ですね。
イサム:ただ、ひとつ申し上げたいのは、日本企業は確かに意思決定に時間がかかりますが、取引したら約束は必ず守るんです。信頼という点で日本企業はどこにも負けません。それは本当に素晴らしいことです。
私は学生時代から、政府の通訳を請け負っていました。そのとき、通訳するのは言葉だけでなく、マインドセットです。そうすることで日本と世界の架け橋になっていきたいと思っています。その架け橋を今度はスピードを上げて高速道路にしたいんですよ。
――今後もさまざまな企画を日本と共同で行っていくのでしょうか。
イサム:もちろんです、サウジアラビアの文化に根差した作品もあれば、そうではないタイプのものもあります。我々も自分たちのオリジナリティを大切にして差別化を図っていきたい。そうした作品をメイドインジャパンの、クオリティに対する責任感でもって作っていきたいと思っています。マンガプロダクションズでも新たなIPの開発を行っています。弊社は2017年に設立して、最初の3年間には2作品しかリリースできませんでしたが、その後現在までにリリースした作品は10作品にまで増えています。今後はもっとたくさんの作品を送り出していくつもりです。