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昨今、AIやXRの技術開発が加速するなか、エンターテインメントをはじめ、さまざまな分野において、人々を豊かにする可能性が広がりつつあります。
その可能性を掘り下げるために、バンダイナムコ研究所は、これまで培ってきたエンターテインメントの知見を活かし、世界中のイノベーターと積極的に共創。その中でも大きな共創を行ったのが、現実の領域を超え、「コンピュテーショナルデザイン」という手法から建築の可能性を広げてきた株式会社NOIZパートナーの豊田啓介氏でした。
今回オンライン開催されたCEDEC 2020にて、バンダイナムコ研究所の本山博文氏と豊田啓介氏は、「現実空間をレベルデザインする。建築・都市領域と共創することで「新しいアソビ体験を生み出す手法」とゲーム開発者の新たな領域と役割について」のセッションを行い、新たな可能性についてが語られました。
いかにビデオゲーム業界が建築・都市領域と手を組んだのか?
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まず初めに本山氏が登壇。バンダイナムコ研究所が、なぜ建築・都市領域の専門家と共創するに至った経緯について説明しました。
バンダイナムコ研究所では、2017年から2019年に渡ってMR(Mixed Reality、複合現実)についての研究。その時点では『パックマン』シリーズのようなタイトルを使いながら「歩行」や乗り物への「ライド」などのほか、GIS(地理情報システム)を使うものなどを研究していました。
それが今年2020年には他分野との共創を押し出し、XR(ARやVRなどの総称)新領域についての研究を進めたそうです。
キーワードに挙げられたのは、後述する東宝スタジオとの共創による「超現実」領域、そしてスポーツ分野にて、島根スサノオマジックとの共創による「人」領域、そして最後に、豊田啓介氏の専門である建築・都市領域との共創である「現実空間」領域への研究でした。
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今回のセッションは、主に「現実空間」領域、そして「超現実」領域についてまとめられています。
本山氏は研究にて「遊びで、現実や社会を変えられる可能性」について言及。こうした可能性はマイクロソフトにて、HoloLensを生み出したアレックス・キップマンの講演をヒントに、バンダイナムコ研究所がHoloLensを利用し、プレイヤー同士がアイコンタクトしながら、同じ目標でプレイするという「コラボラティブ・プレイ」を実践。現実世界を舞台に、『パックマン』に講じる子供たちの映像が上映されました。
こうした現実空間でエンターテインメントを行う研究と実証に必須なことを、本山氏は「安全性が確保された、屋内外のシームレスな試作環境」と「現実世界を精緻に扱える深い知見」だとまとめます。
ここまでは屋内でのゲームプレイが主でしたが、2020年からの目標はゲームプレイを屋外で行うことでした。しかし、バンダイナムコ研究所だけで研究するには、先述した必須なことを満たせない、と壁にぶつかったそうです。
そこで必要になったのが「安全性が確保された試作環境」や「現実世界を精緻に扱える知見」を持つ他分野の専門家だったのです。バンダイナムコ研究所は共創によって問題を解決することを選択。まず共創を行ったのは、なんと映画の老舗である東宝スタジオだったのです。
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東宝スタジオとの共創では、スタジオ内にバンダイナムコ研究所のラボを設立。400坪ものステージを使い、VRでの実験などを行っていきました。また、東宝側も映画とゲームの融合が可能なスタッフがいたことで、バンダイナムコ側と双方にとって大いに効果があったそうです。
その後、バンダイナムコ研究所側はテクノロジーと文化、社会に関わるテーマを編集する雑誌「WIRED Vol.33」を読んでいたところ、豊田啓介氏のインタビューが目に留まったといいます。その見識に共感し、共創のお話を持ちかけました(豊田氏の見識は、こちらから参照できます)。 いよいよ「現実世界をレベルデザインする」共創をする体制が整っていったわけです。
現実世界のレベルデザインすることとは
さて、「現実世界のレベルデザイン」に入る前に、そもそもレベルデザインとはなんなのか? について、あらためて説明したほうがよいでしょう。
レベルデザインという言葉は、日本語では聴きなれておらず、その役割についてもRPGのレベルと混同されたり、ある程度理解がある人でも「難易度調整のことなのか?」と混乱をきたしてしまいやすい用語です。
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本山氏は、この用語についてシンプルに説明。レベルとは「ゲーム空間」のことで、それを「設計」することだとまとめます。つまり、ゲーム空間に存在する、フィールドや敵、ライティングにサウンドといったゲームプレイに関係する要素を、配置や調整を含んだ設計を行うことが、レベルデザインの意味となります。(余談ながら、最近のレベルデザインの優れた例として『CONTROL』を挙げていました。)
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さて、現実空間のレベルデザインするとはどういうことなのでしょうか? 本山氏は2017年から現在までの事例を紹介していきます。
まず挙げたのは2017年、オーストリアのアルスエレクトロニカセンターにて展示された『PAC IN TAWN』での事例です。センターでの下見の時、HoloLensで現地を3Dスキャンし、メッシュを作成。そのデータをゲーム空間にあてはめることで、ARによるゲームプレイを実現しました。
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続いてナンジャタウンで行われた『一網打尽!蚊取りパッチン大作戦』の事例が紹介。現場の3Dスキャンしたデータを、Unityに取り入れゲームとして実装し、HoloLensの視界では「現実の中に蚊と闘う」ゲームプレイを実現したことを説明しました。
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さらに、Google Map Gaming Platformをを活用したレベルデザインも紹介、都庁の前などを『パックマン』のレベルに変えるなど、現実空間をビデオゲームに活用する試みについても語られました。
建築側にとって、ビデオゲームを代表とするデジタル領域はどう映るのか
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さて、ここまではビデオゲーム側が現実空間をいかに活用してエンターテインメントを作るか? の解説でした。では逆に、現実空間からデジタル空間にアプローチする場合はどのようなものなのでしょうか。
セッションは本山氏から豊田啓介氏に交代し、都市をデザインする視点から、ゲームの知見がなぜ必要かについて語られました。
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まず豊田氏は「デジタル技術を使い、いかに建築を推し進めていくか」について説明。2019年に、Unreal Engine 4を利用して住宅の全行程を作った事例を紹介しました。豊田氏はゲームエンジンを利用した設計の効果について「設計者が見てもレンダリングか実写化がわからない」ほど大きなものだったと述べています。
豊田氏は住宅の設計だけではなく、今後の都市計画についてもデジタル領域の大きさについて言及。Shibuya HYPER CASTのようにlotが持ちられる未来の都市「スマートシティ」構想のように、デジタル領域とどう関わっていくかの重要さについて説明しました。
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豊田氏は「これまでは人やモノのだけを年頭に都市をデザインしてきたが、これからはデジタルなものも視野にいれてデザインしなくてはならないんです」と今後について語りました。
豊田氏は現在、名作建築をフォトグラメトリでスキャンすることで、どのようなことができるかををまとめています。こうした活動を通して、豊田氏は「面白いのは、ゲームのほうが圧倒的に実世界のデジタル記述について圧倒的に進んでいる」と指摘しています。
いまの社会の変化において、物を情報にしてしまうのが世界的な潮流だといいます。都市がその受け皿になるといいます。豊田氏はそんなふうに、物と情報が重なり合う場所を「コモングラウンド」だと説明しました。
豊田氏は「レベルデザインについてはあまりわかっていない」と言いながらも、デジタルにおいては、体験という言葉を通して。これをゲームや建築の分野に閉じるのでなく、広く使えるのではないかと考えたそうです。
ビデオゲームと建築、共創のプロセス
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豊田氏は、本山氏と話せば話すほど問題意識が近いことが判明していったといいます。ふたりの問題意識を解決するのに、最も近いと思ったのがゲームエンジンだそうです。
ゲームエンジンを通せば、お互いが得意な分野を持ち込み高めることができるのではないかと考えました。たとえば都市データをゲームエンジンでを使ってレベルデザインし、バンダイナムコ研究所側がビデオゲームにする、というプロセスによって、相互によい影響を与えられるとのことです。
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また先ほどの東宝スタジオと共創した事例にて、さらに発展したものが紹介されます。スタジオを精微にスキャンしたデータを採取し、まるで現実にその場にいるくらいのクオリティを持つ空間が表示されました。
こうした精微なデータをゲームエンジンにインポートする際にも共創が見られます。専門家からアドバイスをもらいながら、バンダイナムコ研究所側のアーティストと検証し、実装していったそうです。
こうしたデータを利用することで、たとえばスタジオの現地に行かずとも、Web上でVRやARのゲーム開発や検証を行うことが可能になります。特に今はコロナ禍であり、在宅での作業が要求される場面も多いため、こうしたWebでの試みは大きな効果があります。
今回オンライン上で行われた本セッションの参加者からは「これは『ブレードランナー2049』ですね」というコメントもあり、先進性に感心していた模様でした。
新しい遊びの体験作りにむけて
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本山氏は最後に、モニターだけではないこれまでの世界でゲームをつくること
について言及。「ゲーム開発者の新たな役割として、屋外を含めた現実世界をデザインする」ことについて述べていました。さまざまな分野のプロと共創することで、これまでにない精度でモノづくりが可能だと今回のセッションをまとめました。
豊田氏は、ビデオゲーム業界との共創によって、逆に「現実からデジタル世界にどういうアプローチをすればいいかがテーマ」だと語ります。「ビデオゲーム側とは、現実とデジタル領域、お互いのほうからトンネルを掘りあっているようなもの」と印象を述べ、「建築業界からは見えていない領域がゲームにあるのではないか」と、今後の可能性についてをまとめました。