プロジェクトの方向性を決定的にしたもの
ここまでの「リズムからズレたとしても、合わせてくれる」仕様からわかるように、『Hi-Fi RUSH』ではリズムゲームにありがちな制限から解き放たれています。
ジョハナス氏は本作の開発にあたり、その他にも敷居を高くしないようにするための開発ルールをいくつか定めていました。
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まずひとつめが「音楽のニュアンスをシンプルにすること」です。音楽の要素を複雑にすると分かってくれるユーザーが減るため、リズムは誰でもわかるリズム感に絞りました。
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そこでリズムは基本的に4分音符の拍の単位で考えるようにしたとのこと。これは音楽ライブなどで観客が手拍子するタイミングがだいたいその拍になりやすいのもあり、「これなら初心者でもできるんじゃないか」と考えたのです。
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ただそんなリズムをプレイヤーに分からせるために、複数の方法を取り入れています。4分音符の拍リズムに合わせて背景やUIの動きを入れ、画面全体で視覚的にリズムを伝えようとしています。これはプロトタイプ版の時点でも導入されていました。
さらに主人公チャイのお供キャラもリズムに合わせて光る表現を入れるなど、とにかくゲームプレイで重要なオブジェクトにはリズムを入れているほどです。「すべての要素を必ずリズムに合わせること」を徹底することで、プレイヤーに伝えようとしたわけです。
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こうしたゲームデザインゆえに、何を作っても音楽的に考えるアプローチが必要になりました。「アクションゲームだけの面白さはNG。音楽的な面白さが無いと本作の魅力が伝わらない」とジョハナス氏はこだわっており、本編でも「Beat(拍)を感じろ」というセリフを入れるほど徹底していました。
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こうしたジョハナス氏のコンセプトを受け、バトルシステムを構築した山田氏はというと、開発の当初は「直感的に大変そうに感じた……」と慎重でした。山田氏は30年近いアクションゲーム開発の経験を買われ、本プロジェクトに参加しましたが、逆に長い経験を持つゆえに新しいチャレンジへの抵抗と責任も感じていました。
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そもそも山田氏がなぜ大変そうと感じたかというと、やはり「アクションゲームは好きなタイミングで動きたい」もので、リズムゲームの音に決められた動きとは相性が悪いことを指摘。これは先述のジョハナス氏が語った問題そのままであり、山田氏はこの問題を具体的にクリアしていく必要がありました。
そこでリズムアクションというコンセプトを成り立たせるために、まず「リズムを強要しないが、プレイヤーがリズムをとってしまう」というバランスを目指すことに。プレイヤー自らリズムを取れるように仕向けるため、あらゆるものをリズム前提で作る必要がありました。
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とはいえ、リズムとアクションのバランスをどのようにするかは不透明でした。先のジョハナス氏のスライドでは、『Hi-Fi RUSH』はアクション寄りでリズムの要素が入るバランスと説明されていましたが、山田氏によれば「実際に作ったとき、ケースバイケースでリズムゲーム寄りにもなってしまう」ところがあったといいます。
本作はそんなケースバイケースで変わる要素がどれくらい存在するのかわからず、山田氏は開発当初、コンセプトがぼんやりしているように見えていました。
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そこで山田氏はジョハナス氏から、よりコンセプトを具体的にイメージするためヒアリングを行いました。まず基本となるスタイリッシュアクションは制作難易度が高く、作業量も多いジャンルです。山田氏は「本当にこのスタイルで行くの?」と確認しました。
次に山田氏が行ったのは本作の方向性のチェック。そもそものプロトタイプ版のどこを抽出し、本編(プロダクト)を作るのかによって開発が大きく変わるためです。どのプレイヤーをターゲットにするか、チームの戦力をどうするか、製品の規模はどれくらいかによって、開発を変えることを余儀なくされます。それゆえに、山田氏は「どういう形にしていきたいか?」と丁寧にジョハナス氏からうかがったそうです。
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山田氏がジョハナス氏からバトルスタイルをどうするかを聞くと、やはり『デビルメイクライ』や『ベヨネッタ』系のアクションであると解答があったそうです。そもそも、山田氏はジョハナス氏に「山田さんも似たようなタイトルに関わってましたよね?」と言われ、基礎部分については結局“スタイリッシュアクション”だと確信したとのことです。
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続いて山田氏はプロダクトを成り立たせる要素をヒアリングし、ジョハナス氏が想定している完成形を具体的にしていきます。
プロダクトは主にバトルシステムやアートスタイル、ストーリーなど数多くの要素で構成されており、山田氏はそれらをジョハナス氏から聞き取っていくわけですが、最終的には「プロトタイプ版をよりスケールアップしたものがプロダクト版である」と完成形を見定めました。
山田氏は「こうした完成形を見据えることで、チームが迷うことのない制作体制を整えられる」と語りました。「ここでディレクターがやりたいことを曲解したり、正論で捻じ曲げたりすると経験上は良いことにならなかったケースが多かった」とも山田氏は苦々しく語り、実制作に入る前に完成形イメージを共有する大切さが伝わるものでした。
『Hi-Fi RUSH』は普通のアクションと違い「作るのがめんどくさい!」
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いよいよ本格的にアクションを作っていくわけですが、ここまでの講演のように『Hi-Fi RUSH』は普通のアクションゲームとコアのコンセプトが違っています。山田氏はそれを平たく「このゲーム作るの面倒くさっ!」と言い切ってしまいました。一方で、「逆に言えば、やり切ればいいものになる」とも考えており、さまざまな努力が伺えました。
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たとえば敵の移動ひとつとっても、今の時代のゲームでは相当の作業量が出てきます。たとえば前後左右の移動、加えてジャンプや攻撃など、ゲームで当たり前のアクションでは多くのアニメーションが必要に必要になってきます。
ところが『Hi-Fi RUSH』ではそんなアニメーションをリズムの拍に合わせて動かさなくてはならないのです。当然、あまりやったことのない新しいチャレンジゆえに、作り直しの回数も増えてしまう。これが長年アクションゲームに関わった山田氏からすると「面倒くさい」と感じるひとつでしょう。
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また、リズムの拍を感じる動きをどうアクションに組みこむかの試行錯誤も。たとえば敵などがひとつだけなら、リズムを取るアクションはわかりやすいですが、多数になるとどこにリズムがあるのかわかりづらくなる問題が発生しました。そのため、多くの敵を相手にするザコ戦では極力、リズムを出さない方針にしています。
一方でボス戦のように1対1で戦うシチュエーションでは、リズムを感じる動きは積極的に使っていきました。
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ザコ敵の攻撃パターンでも「どのようにリズムを組み込むか」を解説。ザコ的の一種「SAMURAI」は3連続攻撃が特徴ですが、こちらもスタイリッシュアクションにリズムを組み込む形で、攻撃の予兆の段階から拍が合わされ、そこからリズムに合わせた3連攻撃を行います。
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このように各ザコ敵のアクションにリズムを組み込むのですが、実際にテストプレイすると「拍に合っているけど、曲にノってない」という問題が発生します。どこか気持ち悪い感覚が山田氏だけでなく、他のテストプレイヤーも感じていました。
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この理由をサウンドスタッフに相談したところ、「小節に合っていないのではないか」と指摘を受けます。たとえば小節は4拍子なら「1,2,3,4」というリズムの繰り返しであり、小節の頭である「1」の拍が強拍となります。
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そんな小節の頭に合わせて敵の動きを作れば問題は解決するか? と試したところ、今度は敵AIの動きたいタイミングと一致しない問題が発生。リズムに合わせた攻撃にするため「露骨にリズムを待つ動き」をする敵になってしまうのです。
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この問題は、リズムを奇数拍と偶数拍に分けることで解決しました。移動や軽い攻撃は奇数拍や偶数拍の法則で動かし、特徴ある攻撃やアクションは小節の頭である、強拍で動かす方法を取りました。ここで「リズムだけではなく、楽曲も意識する必要があった」ことも、開発の難易度を上げていました。
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開発の難易度を増やす要素は他にもありました。音楽要素が強いがゆえに、サウンドチームには初期の実装段階から介入してもらう必要があるため負担が増え、UIや背景制作などのチームも、リズムに合わせる必要から作業のやりとりが増えるなど、総合して「面倒くさい」負担がありました。
ただ、思いがけない利点として「パリィがわかりやすくなった」といいます。敵の攻撃を弾くという、現在のアクションではソウルライクや『SEKIRO』などでメジャーになったアクションですが、まだまだタイミングを合わせるのが難しいものには違いありません。しかし『Hi-Fi RUSH』ではリズムに合わせる仕様ゆえにパリィがやりやすくなった……といいます。
そういえば『SEKIRO』もパリィの連続は一部の反応で「音ゲーのようだ」と評されていたものでしたが、ある意味『Hi-Fi RUSH』はそれを本当に音ゲーにしてしまったようなものなのかもしれません。
プレイヤーにリズムを感じてもらうために
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ジョハナス氏の山田氏への依頼として「リズムを取れた成功は普通よりも気持ちよく、取れなかった失敗はネガティブに感じないように」という指示がありました。要するに、プレイヤーのモチベーションを消さないようにすることが『Hi-Fi RUSH』には求められており、山田氏も「それを上手くやったことが本作の成功に繋がった」と振り返っています。
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続いて具体的な施策を紹介。まずリズムを取れた成功を高める表現として、攻撃が上手くいけばお供キャラから音符が出現したり、ダッシュが上手くいけばハイハットを鳴らしながら軽快に移動したりする演出が組み込まれています。
また、リズムを取るのに成功するとUIもアニメーションします。さらにコントローラーの振動も加わることで、視覚と触覚によって成功の気持ちよさを高めていました。
一方、リズム取りに失敗したときの苦しみは感じにくくしています。リズムがズレてもUIも特に反応しないくらいに留めることで、プレイヤーへの負担を減らしています。
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しかしこの手法はただ諸刃の剣でもあり、プレイヤーに「適当にやってもいけるんじゃないか?」と思われてしまうリスクもありました。
このリスクを回避するために、要所でリズムで遊ぶパートを入れることでプレイヤーに拍を合わせたプレイの利点を伝えていきます。たとえば攻撃コンポのフィニッシュではリズムゲーム的な要素を導入。ここでのタイミングでパーフェクトかグッド、そしてミスという成功と失敗の結果を見せることで、「適当なプレイではダメ」と伝えていきました。
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その他にもスペシャルアタックでは、よりリズムゲーム的なアクション演出を入れたほか、リズムパリィアタックのように拍に合わせたパリィなど、リズムで遊ぶパートを様々なことに仕込むことで、プレイヤーに能動的にリズムゲームにチャレンジしている感覚を作っています。
本作の成功の秘訣
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こうして『Hi-Fi RUSH』がリリースされて半年が経ち、Tango Gameworkとしても思った以上の結果を得られたと言います。ユーザーの反応も「音痴なんだけど、なんだかリズムが得意なように感じられた」など好意的なものが出てきて、「驚くほど開発の意図がお客さんの声に出た」とジョハナス氏は語りました。
こうした成功の理由は「ゲームの重要な柱を“リズムアクション”とはっきり固め、そのデザインを全体に落とし込んだこと」とジョハナス氏は振り返りました。
企画段階で「リズムを消したら特別ではなくなる。リズムを無くすくらいならプロジェクトが無くなってもいい」とまで強く考え、さらに開発のGOサインが出た後も「音楽のニュアンスをアクションの後から入れないようにした、何をやってもリズムの売りを画さないようにした」ことも強調されました。
最後にジョハナス氏は「面白いコンセプトがあっても、ユーザーに伝わらないと意味がない」と指摘します。新しいチャレンジをする場合、実は普通よりも遊びやすさや理解しやすさを気にする必要があったといいます。その試行錯誤によって、『Hi-Fi RUSH』が生み出されたことが伝わる公演となりました。