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スクウェア・エニックスは、アジア太平洋地域最大のクラウド事業者であるAlibaba Cloudの日本向けサービスを展開するSBクラウドと共同研究プロジェクトを行いました。今回のプロジェクトでは『ドラゴンクエストライバルズ』の対戦データをサンプルに、Alibaba Cloudの得意とするビッグデータや機械学習で分析し、ゲームの改善に繋げられるのか?という新しい取り組みが両社によって進められています。
研究の成果や、そこから得られた知見とはどのようなものだったのでしょうか?ビッグデータや機械学習がゲーム運営の効率化や改善にどのような影響を与えるのか、スクウェア・エニックスの淡路滋氏(テクノロジー推進部 オンラインエンジニア)と、SBクラウドの山田佑輔氏(技術部 AIエンジニアリング課 課長)にお話をうかがいました。
※インタビュー中は敬称略
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右:山田佑輔氏(SBクラウド)
機械学習はゲームの開発・運営にどう活かされうるか?
――スクウェア・エニックスとSBクラウドによる共同研究が行われたとのことですが、取り組みの狙いや意図からお聞かせいただけますか。
山田今日、機械学習を取り入れようという動きはさまざまな業種で見られるようになってきており、我々も日々、そうした方たちへの支援をしています。その中でもゲーム業界は多くのデータを取り扱うこともあり、機械学習によって何か新しい発見があるのでは……と思っていたのです。まぁ、個人的に私がゲーム大好き、ということもあったのですが。
そんな中で、たまたまスクウェア・エニックス様の方とお話しする機会がありまして、我々の機械学習についての取り組みを紹介したところ、スクウェア・エニックス様でもデータ分析を独自に行っているというお話をいただき、こちらから共同研究の相談をさせていただきました。
淡路近年のビデオゲームは、オンラインの対応により終わらない変化や継続的な運営が求められるものになっており、それに伴い、取り扱うデータ量も膨大なものになっています。そして、弊社がスマートフォン向けに配信している対戦デジタルカードゲーム『ドラゴンクエストライバルズ』(2020年8月にリニューアルされ現在は『ドラゴンクエストライバルズ エース』として配信中。以下『DQライバルズ』)においては、ちょうど「これからはデータ分析をより深くやっていかなければ」というフェーズにあったんです。
たとえば、『DQライバルズ』は任意のリーダーキャラを立て、30枚のカードを選んでデッキを組むのですが、その中に強いカードは何枚含まれているか、それが勝利にどう貢献したかなど、そのレベルで分析を行っていくべきだろうと。
自分でも様々なデータ分析ができるようにはしていたものの、途方もないデータ量をどのように分析すればよいものか……と試行錯誤を繰り返していました。
そういうタイミングでSBクラウドさんからお声がけをいただいたので、ちょうど良い課題があるということで話が進み始めたんです。
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――具体的には、どのような手法で分析をされたのでしょうか。
山田機械学習を用いて、『DQライバルズ』の各カードに設定されている召喚時に必要なコスト、HP・攻撃力、召喚時の効果などを元にカードごとの距離(各数値が異なっても用途や役立つ場面が似ているといった分類)や、強さの推論を実施しました。そうしたアウトプットを逐次提出し、スクウェア・エニックス様にとって運営に役立つものとなっているかを評価・検討していただく……というフローでプロジェクトを進めました。
――今回のプロジェクトがすぐ何かに活かされるということではなく、その前段階として、機械学習がゲームの開発や運営にどう活用できるかの検討をされたということですね。
淡路はい。現時点では、今回の結果が具体的な形でゲームそのものに反映される予定はありませんが、こうした試みがうまくいけば、ゆくゆくはゲームのビギナーに向けて「そのカードを選ぶなら、このカードも一緒に使うと強いですよ」とサジェストしたり、もしくは、好きなカードを3枚選んでもらったら、それを軸にしたデッキを自動で作成したりできるようになるかもしれません。
こうした機能が、感覚や開発者の知見によるものだけでなく、機械学習を用いてより多くのユーザーのプレイデータを教師データにして、高い精度で実現できれば、ゲームの間口はより広いものになります。それは我々運営にとっても、プレイヤーのみなさんにとっても喜ばしいことだと思います。ただ、いくつか課題も見つかりましたので、それにどう対処していくかですね。
――どのような課題が見つかったのでしょうか。
淡路たとえば『DQライバルズ』では、多数のカードの中から相性のいいカードを組み合わせて利用するようデッキに組み込みます。ランダム要素がある中で、こういったカードの組み合わせ(コンボ)の効果を測定するのが非常に困難なんです。
具体的な例を挙げると、ある時期「アカリリス」というカードが強かったのですが、これが大体7ターン目くらいで場に出せるようになるんですね。ただ、出すまでの数ターン中に特定のカード数種・十数枚を順不同で使用し、条件を整えてから出さないと弱いカードです。整える途中で負けたり、整っていても「アカリリス」が引けないことも有ります。「アカリリス」を使うデッキの勝率算出は簡単ですが、それ以上細かく見たい場合、完成しないケースまで加味した長い1トランザクション(1セットとして見るべき処理群、カードゲームでは「コンボ」と呼ばれる相乗効果を発揮する手順)を正確にログから抜き出せないと、どのカードが勝利に貢献したもので、どのカードが勝利には貢献しなかったのか……などを判別させるのがすごく難しいんです。何が“正解”なのか、事前定義を相当綿密にしなければならないなと。
次に、オンラインの対戦カードゲーム全般にいえるのですが、プレイヤーが取る強い戦法(メタ)には流行り廃りがあるし、必要とあらば、強いカードや戦法のナーフ(性能などの下方修正)も適宜行われるということです。言ってしまえば、水モノなんですね。ですので、「これは明らかに強すぎるな(≒ナーフしてバランスを調整しなければ)」というものはわざわざ分析するまでもありませんし、半年前や1年前の対戦データを分析することにも、正直いってあまり意味はありません。そうしたスピード感に合わせて分析と実装を行えるのか、というものです。
山田今回は、対戦データの分析に関しては2人のプレイヤーの各ターンの行動を読み込ませて、どの行動が勝利に大きく貢献したかを推論させるアプローチを行いました。あるカードAと別のカードBを組み合わせたデッキだと勝率が高くなる……というようなことはすぐ分かりますが、では実際の対戦においてそれらがどのように使われたか、2枚のカードが使われるまでに何ターンかかるのか……というレベルの分析を行えるようになるか、というのが今後の課題です。
こうした対戦デジタルカードゲームは、既に機械学習がかなり効果的に行われている将棋や囲碁とは異なり手持ちの札がひとり一人異なる……というのが分析するうえではかなりの障壁になることも改めて実感しました。もちろん事前に分かっていたことでもあるので、今回は「ある程度カード資産がそろっている人」という前提で分析を行っています。
ゲーム業界におけるAlibaba Cloudの強みとは
――今回のプロジェクトでは、具体的にはどのようなサービスを利用されたのでしょうか。
山田Alibaba Cloudのどのサービスを用いるかはこちらにご一任いただけましたので、今回は機械学習用にGPUを搭載した仮想サーバーサービスの「ECS(Elastic Compute Service)」と、大規模な分散データ処理を得意とする「MaxCompute」を用いました。
「MaxCompute」は、他社さんのサービスでいうと「AWS Redshift」(Amazon)や「GCP BigQuery」(Google)が近しいものになるでしょうか。機能や料金形態がさまざまですのでMaxComputeが他社さんと比べてどうであるかというのは一概には申し上げられませんが、ECSはざっくり申し上ると同様の他社サービスと比較して、性能は15%程度高く、コストは逆に15%程度抑えられるものと自負しております。
ビデオゲームの開発やインフラ基盤の構築には大規模なコンピューティングリソースを用意されるメーカーさんが多いかと思いますが、弊社のサービスをご利用いただくことでトータルコストを大きく抑えられることも多いのではと思います。
また、Alibaba Cloudはデータのリアルタイム処理には自信があり、安価で効率よくアウトプットできます。今回のプロジェクトでは必要には至りませんでしたが、アリババグループとのジョイントベンチャーということもあり、中国での豊富な機械学習に関するモデルや事例の紹介・導入も可能です。ゲーム系のモデルはそこまで多くはありませんが、いくつか先行事例もあるので、そういう点でも特徴のあるサービスといえます。
――淡路さんは今回ともにプロジェクトを行って、SBクラウドの強みをどのようなところに感じましたか。
淡路今の山田さんのお話に加え、共同プロジェクトに参加するメンバーのみなさんが分析対象となる『DQライバルズ』を実際に遊んでくださるのもとても助かりました。単純に一緒にプロジェクトを進めようという熱意がこちらにも伝わりますし、何事もプレイヤーと同じ目線で考えてもらえるので、こちらからゲームの現状の課題などを説明することもほぼなかったのではないかなと。こちらの課題感はすぐに理解してくださるので一から説明する必要がなく、実務でも大きなメリットを感じました。
山田私はプライベートで『DQライバルズ』をリリース当初から遊ばせてもらっていたのですが(笑)、それはともかくとしてチームにもプレイをするようお願いしています。いいモデルを作ってご提案するには、やはり分析対象をまったく知らないままでは成り立たないと思いますので。
淡路でも、全然ゲームを遊んでもらえないケースもあるので……ありがたかったですね。あとは個人的な話になってしまいますが、サポートを受けたかったり相談したくなったりしたときに、レスポンスが日本語ですぐに返ってくるのもやはり助かりますね。
――それでは最後に、今回の共同研究を経ての知見や手ごたえ、今後行っていきたい取り組みがあればお聞かせください。
淡路「機械学習は有益なもの“であろう”」という、弊社が抱いていた不確かな実感を確実なものにするための確かな一歩となりました。機械学習をプロダクトに取り入れるのはなかなかにハイコストではあるのですが、見慣れたデータが見慣れない手法で形を成していく体験は大変いい刺激になりました。
また、機械学習技術は、ゲーム会社らしくプレイヤーに向けてAlphaGoのような歯ごたえある対戦相手を提供するだけでなく、サーバーロジックの制作やプログラムテストの面でも役立つことでしょう。今回の知見が、社内外の者が機械学習の恩恵を受けられる第一歩になればと思います。
山田今回、日本のゲーム業界で最大手のスクウェア・エニックス様とご一緒できたのは弊社としても非常にいい経験でした。ゲーム業界以外の企業様では考えづらいほどの膨大なデータを収集されておられましたので、データ分析や機械学習をいかに生かすかを考察するうえで最適な環境でした。
今日のゲーム運営は、経験やナレッジに基づく手作業のような部分もまだ多く見られると認識しております。将来的には、そうしたクリエイターの感覚をベースにしながらも機械学習の技術が多くを補っていくと考えていますので、ゲーム業界のみならず、さまざまな業界が抱えている課題を解消するシナリオやソリューションを今後もご提案していきたいと思っています。
――ありがとうございました。
『ドラゴンクエストライバルズ エース』公式サイト
まだゲーム業界における本格的な機械学習はスタートしたばかりということですが、今回のスクウェア・エニックスとSBクラウドの取り組みは、淡路氏の言葉を借りれば「確かな一歩」であることは間違いないでしょう。今後機械学習を通じてどのようにゲーム開発や体験が変わっていくのか、引き続き取材を重ねてお伝えしていきます。
今回の共同実験で活用されたSBクラウドが提供する「Alibaba Cloud」は、IaaS(Infrastructure as a Service)領域において世界第3位のシェアを誇るクラウドコンピューティングサービスです。インタビュー中でも語られたように、大規模インフラの構築でもコストメリットを出せるほか、AIや機械学習など高度な処理もクラウドで処理できるという利点も兼ね備えています。ゲーム業界でも採用事例が増えているので、興味をお持ちの方はぜひお問い合わせください。
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