PlayStation 4が世界市場で順調な立ち上がりを見せ、課題だった日本市場でもラインナップが揃ってきて2015年はSCEJAにとって勝負の年になるのではないでしょうか。3月中旬、品川のオフィスで盛田厚プレジデントにお話を伺いました。
(聞き手 黒川文雄)
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―――SCEJAのプレジデントに就任してから約半年が経ちました。「プレイステーション」を取り巻く環境が大きく変化しているタイミングに思いますが、どのように感じられていますか?
近年、「日本のゲーム市場は今後どうなっていくのでしょうか?」と聞かれる事が増えています。背景にはインターネットやモバイル端末の普及があって、従来型の家庭用ゲーム機だけの世界では無くなってきているという事があると思います。私はシンプルに、どんな端末であってもゲーム人口が増えていくのは良い事であると考えています。色々なデバイスを上手く融合して新しい楽しみ方を作っていきたいと、とても前向きに捉えています。特に日本市場は、長年ゲームに親しんできた背景がありますので、そうした遊び方が受け入れられる可能性が高いと思います。
SCEJAのプレジデントに就任して、確かに課題は沢山あると感じています。その一方で、やれる事も沢山あると確信が持てましたので、ワクワクしています。
―――これまでは気が付かなかった可能性も感じるようになったと。
私だけではなく、沢山のスタッフが頭の中で描いていたものが、技術が追い付いたり、環境が整ったりしたことで、実現できる可能性が高くなっていると思います。
―――技術的な進歩という面では、VR(バーチャルリアリティ)が注目されています。SCEでも「Project Morpheus(プロジェクト モーフィアス)」というVRシステムの試作機を開発中です。VRについてはどのように捉えられていますか?
VRという言葉自体は昔からあったものの、技術的に実現性が高まってきたのは近年のことです。「Project Morpheus」では、周囲をすべて仮想空間にして、自分自身がゲームの世界に入っている体験を味わえますが、まだ最終形ではなく、これからどのように広げていくかが課題になってきます。また、今の技術が完成形かというと、やはりまだまだ技術は進歩していくので、もっと先があると思います。
ただ、体験していただいたユーザー様やクリエイターの方々の反応は非常に良いですね。これまでも私たちは、エンターテイメントで人々を驚かせることを目指してやってきたのですが、実際にここまで驚いていただけたことは凄く嬉しいですね。クリエイターの方々が刺激を受けられたということは、新しい体験が生まれる土壌ができているということなので、私たちとしては新しい発想が潰れてしまわないよう、いかに刺激し続けていくかが大切だと思っています。
―――最近ではインディーのクリエイターを大事にされていて、VRの分野でもインディーズの才能を積極的に見出そうとされていますが、こちらにはどのような可能性を感じていますか。
技術を徹底的に追求しようとすると体制を整える必要がどうしても出てきます。一方で、より柔軟な体制のほうが新しい発想が生まれます。現在プレイステーションを支えていただいているクリエイターの方々も、元々はインディーに似た形で学生時代からゲームを作り始めた方が多いですよね。そういう意味で言うと、子供のころから様々なゲーム機に触れていたり、スマートフォンのゲームを遊んでいたりする人達が作るゲームの中には、今までの発想とは違うものがあると思います。我々としては、発想が生まれる土壌を作ることが重要だと考えています。
特にVRでは、リアルな見せ方ももちろん大事ですが、出来ることは沢山あるはずです。さらに言えば、用途をゲームに限る必要もないと思っています。ですので、様々な観点を持った方に参加していただきたいですね。プレイステーションは柔軟な発想を持つクリエイターの方々に育てていただいたので、今度は私たちがサポートしていきたいです。
ゲームの創成期に学生時代を過ごした
―――ここで盛田さんの経歴を教えていただきたいのですが、盛田さんは大学卒業後すぐにソニーに入社されたそうですが、学生時代はゲームやエンタテインメントに馴染みはあったのでしょうか?
私の学生時代は『スペースインベーダー』がちょうど出てきたころで、家庭用のゲーム機はまだ単機能で、しかも高価という時代でした。まだまだテレビゲーム以外のエンターテイメントが多く、それこそボードゲームとか、複数の人が集まって皆で楽しんでいた記憶があります。
また、当時はエレクトロニクス製品というだけでワクワクする時代で、ラジオやラジカセ、テレビといった製品自体がエンターテイメントだったとも感じます。私はそういった製品が身近にある環境だったので、ワクワクする機会も多かったです。
―――そんな学生時代を経てソニーに入社したわけですが、ソニー以外に選択肢はなかったのでしょうか?
もちろんあったと思います。ただ、私の学生時代を振り返ると平凡な人間だったので、高邁な思想や目標を構築していたわけではありません。そんな中、私の周りには小さなころからソニー製品があり、ワクワクさせてもらっていたので、ソニーに入ろうと考えたのです。
子供のころはプロ野球選手になりたいとか、普通の男の子と同じような考えを持っていました。学生のころも選択肢として思っていたことはいくつかありましたが、最終的には好きな会社に入ってみたいという思いが強かったです。
―――これは私も学生時代に感じていたことですが、やはりソニー製品、ソニーというブランドはみんなの憧れになっていました。
そうですね。憧れと言える感情を身近で感じられて、吸収できる環境にいたことは、今振り返ると、とても幸せでした。
―――ソニーに入社後は、MSXの販売に関わっていたと伺っておりますが・・・。
入社後に配属されたのが国内営業本部でした。当時はソニーがパーソナルコンピュータの販売を行うことになったころで、最初はSMCという製品の販売を担当していました。あのころはどうやったらパソコンが売れるかを毎日議論していて、たどり着いたのがゲームというコンテンツでした。そこで、次に販売を担当したMSX規格の製品ではゲームをたくさん出していこうという話になったのです。
―――当時はソニーショップや量販店への営業が主な業務だったのでしょうか?
はい。ただ、当時はまだ量販店にパソコンを取り扱うという発想があまりなかったので苦労しましたね。これは実際に言われた言葉なのですが、「テレビは5分で1台売れるが、パソコンは1時間かかる」という話は今でも印象に残っています。時間単価を考えると、非常に効率が悪かったのです。
パソコンを担当する営業スタッフは全国で約50人で、本部営業部の我々全員が日本全国を走り回って売るところから始まりました。月曜日に営業会議をして週次報告をすると、その翌日には全員が地方へ散っていきます。朝は営業所で勉強会、昼は販売店での勉強会、夜にはお客様を呼んでの勉強会という業務を金曜日まで繰り返して、土日は店頭に立って販売する。そして月曜日にまた報告に戻るという日々でした。
だから、入社直後に言われたのが「休みはないよ」でした(笑)。実際は休んだ日もありましたが、そういうつもりでいろと聞かされましたね。このくらいの気持ちでいないと導入できない製品だったんです。
もちろんそういう時代ということもあったのでしょう。それに新製品の立ち上げのときは誰もが同じ気持ちなのだと思います。私自身は関わっていませんが、初代プレイステーションの立ち上げのときは、皆燃えていたはずですよ。楽しんでいたとまでは言いませんが、実際の力以上の力が出ていたのではないでしょうか。
同じ時期に、任天堂さんがファミリーコンピューターを発売しました。私たちとしてはファミコンとも戦わなければいけなくなったのですが、一緒にゲームを売る仲間が増えたという面もありました。
しかし、ファミコンとMSXではコンセプトが違い、ファミコンは純粋なゲーム機、MSXはゲームも遊べるパソコンでした。そして最終的には任天堂さんが打ち出したコンセプトのほうが受け入れられる結果になったのです。
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―――MSXは、残念ながらそういう結果になりましたね。
今振り返ってみると、MSXはマイクロソフトさんらが提唱し、パナソニックさんやソニーも賛同していた製品でしたので、各社が組んで失敗したというのは衝撃的でしたね。
―――その後はイギリスでも営業を経験されたんですよね。
国内営業は6年ほど勤めまして、その後「新しいところへ行きたい」という気持ちが強くなったのです。これも決して高邁な思いではなく、英語圏で仕事をしたいという漠然とした思いが中心でした。が、幸運にもイギリスの赴任のチャンスに恵まれました。
―――実際にイギリスで仕事をして、どのような印象を持ちましたか?
英語を話せない状態で行ったので、まずはコミュニケーションで苦労しましたね(笑)。ですがまったく新しい環境で、新しい仲間と仕事をするのは新鮮でしたし、ソニーというブランドを広めることにやりがいを感じていました。
―――現在PS4は2,020万台を販売しながら、一方で日本はまだまだ勢いに乗れていません。海外での勤務も経験した盛田さんにとって、日本と海外の市場の違いをどのように感じていますか?
自分自身の海外での経験も踏まえまして、海外と比較しても、日本は多様性のある市場だと感じています。それが良いところであり、同時に悩みどころで、スマートフォンのゲームも含め、娯楽が沢山の方向に伸びています。しかし、さまざまな娯楽が、それぞれそれなりの規模を持っているので、上手く繋いであげることが重要だと感じていますね。そして、そのキーワードになってくるのがネットワークだと思っていて、今までとは違うエンターテイメントを生み出せると感じています。多様性がある日本だからこその売り方というのは必ずあるはずです。
―――なるほど。
ネットワークを活用したマーケティングが日本で成功したら、今度は逆に海外へ向けて紹介できれば一番いいですね。
―――昨年末から今春にかけての日本市場のソフトラインナップを見ていると、PSファンが待っていたものが出てきたという印象です。ソフトだけで見ても、盛田さんが言うような多様性が出てきたのではないでしょうか。
我々がやらなければいけないことはいくつもありますが、まずはゲームソフトを揃えることが第一です。9月のSCEJAプレスカンファレンスで現在のソフトラインナップを発表したときは、「一戦必勝で戦っていくんだ」という思いでした。年末商戦ではソフトラインナップがこれだけ揃いましたというメッセージを打ち出しました。そして、2回戦に進めるだけの結果は残せたと考えています。そしてその2回戦が2月、3月で、とてもいい流れができていると思います。
2月末には『ドラゴンクエストヒーローズ 闇竜と世界樹の城』が発売され、PS4ハードの普及も牽引しました。そこで改めて、タイトルの力は強いと感じましたね。日本のユーザー様が望んでいるタイトルを出していくのが一歩目だと思います。もちろん次の施策も並行して考えていかなければいけませんが、まずは春商戦を乗り越え、好調に推移しています。
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広がっていくプレイステーションの可能性
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―――ちなみに次はどのような可能性に向かっていきたいと考えていますか?
もちろんゲームが第一だと思います。しかし、我々の社名であるソニー・コンピュータエンタテインメントに、「ゲーム」という言葉は入っていないんです。エンターテイメントは必ずしもゲームのみではなく、現在はSNSや、ビデオ、音楽など、あらゆる娯楽が存在します。SCEJAとしても、今後は日本のユーザーの皆様にこういったエンタテインメントをプレイステーションプラットフォーム上で、より楽しんで頂きたいと考えています。
その上で、各々のエンターテイメントが紐付けられる楽しみ方をご提案したいと思います。このゲームを遊ぶときにはこの音楽を聞くとより楽しめます、この映画を見た後にゲームを遊ぶと違った楽しみ方ができます、という具合に、それぞれのエンターテイメントが関連付いている環境を作りたいですね。
―――すべてのエンターテイメントがプレイステーションに帰結するような考え方ですね。ひとつ良い流れになっているのが『マインクラフト』ですよね。あれは小学生にヒットしていて、可能性を感じます。
『マインクラフト』は弊社のスタッフはもちろん、「コロコロコミック」や「おはスタ」などにプロモーションで協力していただいたのですが、さすがにここまで盛り上がるとは想像していませんでした。小学館さんの主催する次世代ワールドホビーフェアでは、本当に小さなお子様も『マインクラフト』を知っていて、非常に驚きました。ここでもやはり、先ほどお話しした『ドラゴンクエストヒーローズ』と同様にコンテンツの力を感じましたね。
『マインクラフト』のようなタイトルがプレイステーションでヒットするのは嬉しいことですし、それが低年齢層にも受けていることはとても重要だと思います。私がかつてソニー製品を愛用していたように、今の子供たちがプレイステーションに慣れ親しんでくれるのは将来的にも良いことです。
恐らく今SCEに入社している若いスタッフは、幼いころからプレイステーションで遊んでいた層だと思います。そして、彼らが将来マネジメントの立場になったとき、新しく入ってくる人達が、「子供のころからプレイステーションで遊んでいた」と言ってくれるかが大事だと考えています。そういう意味でいくと、子供たちの層にもしっかりアピールしていかなければいけませんし、『マインクラフト』をPS4やPS Vitaでも遊んでくださるのはありがたい話です。
―――とはいえ、市況や店舗を見ると厳しい状況かと思います。そういう中で、SCEさんとしてはどのようなバックアップをしていきたいと考えていますか?
エレクトロニクス製品の場合は市場が分かりやすく規模も把握しやすいのですが、ゲームの場合どうすれば受けるのか、どうするとどれだけ売れるのかが読みにくい部分があります。また、市場自体がまだ30年程度の歴史しかないので、自分たちで作っていくしかないと考えています。
この大前提のもと、店舗の方々と一体となって盛り上げる必要があると思います。昨年は東京ゲームショウ(TGS)に出展したタイトルを地方のユーザー様に遊んでいただくため、TGSと同一の機材を使用して全国各地を回るイベントを行いました。そして、出展したタイトルは現地の店頭でも遊べるようにして、連動を図りました。こういった企画は今までもやってきましたし、これからも続けていきます。
『マインクラフト』もそうですね。単純に良いソフトが出て遊んでいただいて終わりではなく、各地の店頭でキャラバンを行って接触点を増やす環境を作らなければいけないと考えています。また、PS4やPS Vitaには“SHARE”機能やオンラインマルチプレイがあるので、上手く利用したリアルな大会を今後も開催したいです。一言で大会と言っても内容はさまざまですが、一つはゲームが上手いユーザーの方がスターになれる大会です。そしてもう一つは、上手い人だけが目立つのではなく、誰でも楽しめる大会も織り交ぜて人と人、地域と地域をつないでいきたいです。
私たちが目指すのは、コントローラーを持って遊ぶことが格好良いし楽しいと、多くの人に思ってもらえることです。大会はその施策のひとつになり得ると思います。
―――3月20日には中国でのローンチを迎えましたが、こちらの感触はいかがですか?
中国は非常にポテンシャルがありますが、他地域とは状況が全く異なる市場ですね。我々としても中国国内の法律遵守を前提に、慎重に取り組んでいきたいと思っていますが、最終的にはユーザーの方々に届くかどうかですので、現地のユーザー様が何を望んでいるかを見極めていきたいです。他のアジア市場で人気のあるタイトルを持っていくだけではなく、中国国内のクリエイターやタイトルが発展していくことが一番いいと思っています。
この目標は、今日明日なんとかなるというものではありません。焦るのではなく、着実に一歩ずつ前に進んでいきたいと考えています。
―――先日、任天堂さんとDeNAさんが業務・資本提携を結びましたが、この発表にはどんな感想を持ちましたか?
発表を受けて特別何かという事はありませんね。任天堂さんは玩具メーカーとして長年に亘り経営されてきたので、今回の判断にも確固たるものがあったのだと思います。日本のゲームをいかに発展させていくかが我々の使命であり、モバイルと専用機のボーダーがなくなるような形に持っていけたらいいと思っています。
―――分かりました。最後に、今後のプレイステーションビジネスへの意気込みをお聞かせいただきたくお願いします。
日本でPS4が発売されて一年が経ち、市場環境を気にされている方もいらっしゃると思います。今の日本市場を認識しないと先へ進めないのも事実です。一方で、特に日本ではエンターテイメントが多様化しているので、可能性も大いにあると思います。まずは多様性のある日本だからできることを、しっかりとやっていきたいです。
そのためには、プレイステーションを遊んで、愛してくれている方々の思いを忘れてはいけませんし、感謝の気持ちを持ち続けることです。そして、様々なユーザー様の声に耳を研ぎ澄まし、誰に対してどんな施策を打つべきなのかを見極めていきたいです。
また、ゲームで常に人を驚かせたいと考えています。ユーザーの皆様が「次のプレイステーションはこうなるだろう」「次のゲームはこうなるだろう」という予想を超えるものを提供し続けていきたいです。Project Morpheusも、その可能性のひとつです。
最後に、エンターテイメントと呼ばれるものがすべて融合された楽しみ方をプレイステーションで提供していきたいですね。ゲームを楽しむために、他のエンターテイメントも巻き込む。そうやって個々のボーダーをなくし、さらに時間や空間のボーダーもなくなる世界を作ることが、私の最終的な目標です。
―――本日はどうもありがとうございました。
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●取材後記●
ビジネスは人である。人はビジネスである。そんな思いを改めて感じた取材でした。
初夏の商戦にむけて多忙な時間を割いてSCEJA盛田プレジデントへの取材は行われました。ひとつひとつの質問に対して真摯に回答をする姿をみて、そのように思いました。取材を通じて感じたことは常にフラットな姿勢で物事を受け止め、受け入れながらも、新しいチャレンジを重ねてきた人の現在の姿でした。
昨年9月のSCEJAプレジデント就任に際に報道された盛田家という名の重責というものではなく、多くの課題をひとつひとつ解明し、解決に導くという強い気持ちを持った経営者であり人でした。
ネットワーク、VR、インディーズなど多様な価値観が醸成されるなかで、これからもプレイステーション・ビジネスと盛田プレジデントの活躍に注目していきたいと思いました。ご協力をいただきましたSCE広報部ならびに編集スタッフの皆様に感謝を申し上げます。
■黒川文雄
くろかわ・ふみお 1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミデジタルエンタテインメントにてゲームソフトビジネス、デックス、NHNJapanにてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家であり、行動するジャーナリスト。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。「黒川塾」主宰。コラム執筆、コンテンツプロデュース作多数。ツイッターアカウント。