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2011年4月に発売されたPS3/Xbox 360向けアクションゲーム『エルシャダイ』の名は、当時リアルタイムでプレイしていなかったゲーマーの記憶にも鮮烈に刻み込まれていることでしょう。「そんな装備で大丈夫か?」「大丈夫だ、問題ない」などの一連のセリフは動画配信サイトを中心にブームを巻き起こし、2018年のエイプリルフールには一部フリー素材化も発表。Game*Sparkもご多分に漏れず、漫画「漫画ゲーみん*スパくん」で『エルシャダイ』フリー素材を使用しています。
Game*Spark編集部は、『エルシャダイ』から7年近く経ちながらも再び脚光を浴びることとなったクリエイター・竹安佐和記氏に、インタビューを実施。現在「ギャラリーエルシャダイ」を運営中の同氏に、クリエイターとしてのキャリアや『エルシャダイ』『ザ・ロストチャイルド』など「神話構想」作品の展開、未発表ながらも開発が進行しているPC版『エルシャダイ』のSteam配信について、お話を伺いました。
――ネット上で話題となっていた『エルシャダイ』のトレイラー映像を今から観てもらえますか。2018年の今、改めて確認してみた素直な感想を聞きたいです。
竹安佐和記氏(以下、竹安):(笑)。今か~。分かりました、じゃあしっかり観ます!
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竹安:感想を言うと……ここまでオリジナリティのある作品を作らせてもらえることって、稀だったんですよね。ゲームって「芸術性のあるもの」として見られるけど、「ビジネス」としての価値も比重が大きい市場ですし。『エルシャダイ』のようにアーティスティックなコンセプトを全面的に出せる作品は珍しいので、そういった意味では開発に関われたのは良い思い出だったな、と。ネタ的には今観ても面白いな~と思えますね。
――『エルシャダイ』の発売後、クリエイターとして竹安さんが歩んだキャリアとエピソードを教えてください。
竹安:『エルシャダイ』が終わったあとチームが解散しまして、本当にまっさらな状態になったんですよね。そんなことは本当に初めてで。お仕事はもらっていたのですが、その後2年くらいは小説を書いたり個展を開いたりして、ゲーム業界から離れていました。ファンの方やゲーム業界と無関係な方とも触れ合って仕事ができたので、自分にとっては価値のある時間でした。
そのあとは、人づての紹介で再びゲーム開発に誘われることもありました。表に出たもので言えば角川ゲームスとの『ザ・ロストチャイルド』『GOD WARS』ですかね。一旦離れてからゲーム業界に戻ると、当然ながら知ってる人ばっかりでまたそこから縁が広がったりして。今もまだ表に出してはないけど、がっつりやっていますよ。
――『ザ・ロストチャイルド』以降も、ゲーム開発に関わっているのですね。
竹安:そうですね。ただ、「昔のゲームクリエイター」と「今のゲームクリエイター」ってやっぱり違うとは思っていて。特にプラットフォームは多様化してますし、スマホだけでなく、なんだかんだコンシューマも元気じゃないですか。でも技術的には海外のほうがとてつもなく強いので、日本のクリエイターっていうのはセンスやクリエイティブなところが求められていくんじゃないかなって。
――いわゆる「オープンワールド」など開発規模が大きくなる分野でなく、物語や表現手法で勝負、といったところでしょうか。
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竹安:そうですね。ああいうのは組織力で作るものですし。昔みたいに「ひとりの天才プログラマーがゲームを作った」って話もありませんから。ありがたいことに僕もそういうコンセプターとしての活動が性に合ってまして。意外と「ゼロ」からモノを考える人って少ないんですよね。他のお仕事でも、「ゼロ」から「イチ」にしていく際に「方向性を決めてほしい」と頼まれたりして。他の方にとって苦手な部分で、自分にとっては向いているんだなと、今年に入って再認識することが増えました。
――「神話構想」の流れを汲む作品に今から飛び込みたいというユーザーに、最初にオススメできるものを教えていただけますか。『エルシャダイ』『ザ・ロストチャイルド』を始めとして、関連作品も多数発売されていると思いますので、初めての方のための1本をピックアップしてください。
竹安:そういう声は最近になって結構いただくんですよね。本当に今すぐ始めるなら『エルシャダイ』の原作小説が手っ取り早いです。ゲーム本編のお話以降を全部書き切ったものですが、今は電子書籍のみで販売しています。昨年、出版社から権利を自分のほうに戻して、廃版にしてもらいまして。
――廃版にはどのような意図があったのでしょうか。
竹安:ギャラリーで販売している図録もそうですが、自社で販売できるルートを作っているので、自分が作ったものは自分の手で売っていきたいなと。そんなわけでリブートというかたちで、関連書籍を作り直しているところです。その第1弾の小説「Elshaddaiメタ記(上)」を8月29日からクリムオンラインショップ、Amazon、そしてKindleで販売予定なのですが、改めて「神話構想」の複雑な時系列を整えていこうと思っています。まずは『エルシャダイ』をはじめ、順番を直していこうと。新しくするだけでも読みたい人は増えますしね。
――ゲームでいう、リマスター版や現世代機への移植にも少し似ていますね。
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竹安:ちなみに、こんな新キャラクターのイラストもあります。まだ仕上げきってはいないのですが。この2人がメタ記の主人公で、「イーノック」や「ルシファー」の前世にあたります。既に作品を楽しんでくれたファンの方にとっても面白い作品になると思いますよ。
――ギャラリーへ来客された方に小説の「校正」をお願いする企画も実施されていますが、そちらの反響はどうでしょうか。
竹安:一週間前に始めたばかりなんですけど、もうふせんがたくさん付けられてますね。だいぶ進めてもらえています。
――「読点の位置を修正」「トルツメで」「委細もらさず」……意外に厳しいですね。
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竹安:厳しいですね(笑)。これ直せ、ここも直せとか。知らない人も喜々としてやってくれて助かってます。
――今後、「神話構想」関連ゲームをSteamで配信したいとは思いますか。
竹安:興味なくはないし、お話もいただくのですけど、ゲーム販売のための組織を持ってるわけではないので、成り立たないんですよね。『エルシャダイ』Steam配信の話も立ち上がってはいました。当時のメインプログラマーとは今も仲が良くて、実は『エルシャダイ』PC版のビルドも一緒に用意してるんですよ。
――既に存在しているのですね。Steamでの発売を待ち望むユーザーは今も多いと思います。
竹安:実現に向けて今、色々と動いています。
――ちなみにGame*Sparkの読者にはPCゲーマーも多く、以前海外デベロッパーのインタビュー記事を読んだユーザーがそのゲームの翻訳に参加して、日本語版リリースの力になるという前例もありました。募集、かけてみましょうか。
竹安:ちょっとその辺は、また必要になればご相談させてください。ただ、生々しいこと言うと、実は当時の開発環境がWindows XPなんですよね。で、今はWindows 10じゃないですか。
――そこは強烈な乖離がありそうですね。
竹安:そのあたりが大変で、もう「Windows XPで移植作業したほうがいいかな?」なんて思ったりして。もちろんそんなわけにはいかないですけど!いきなりWindows 10で開発しているので、バイクステージを周回するとストップしちゃう、みたいな地味なバグにぶつかっています。
――本当にバグチェックの大詰め段階のようですね。
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竹安:『エルシャダイ』は、もともとPCリリースも想定してはいたんですよね。
――もしPC向け配信が正式に決定しましたら、どのようなかたちで作品を広めていこうと考えますか。ニコニコ動画で『エルシャダイ』が流行した時代とは打って変わって、SNSや動画配信サイトも多様化していますが。
竹安:どうするかなぁ……ぶっちゃけ『エルシャダイ』なら、しれーっと出すだけで良いかなって(笑)。クスクス笑いながらクチコミで広がるタイプかな。大々的に宣伝するようなタイプでもないと思うんですよね。ただ出来れば、ゲームはお話が途中で終わってるので、原作小説のラストまで読んでもらえるような流れが作れれば一番良いですね。実際エルシャダイを知ってる方は二局化していて、ニコニコで見てた人、ゲームクリアして原作小説読んだ人。この後者になってもらえるような宣伝が出来れば幸いです。
――そうなのですね。エイプリルフールの『エルシャダイ』一部フリー素材化は、昨今のSNSユーザーの流行を捉えたアプローチにも思えました。この「一部フリー素材化」の経緯についても教えてください。
竹安:毎年、『エルシャダイ』のコアなファンが勝手に記念日を作って祝ってくれるんですよ。もう何日も記念日があって、そういう日が来る度に「竹安さん、なんかネタないですか?」って聞かれて。もうないよー!と思いながら発表しました。トレイラー映像自体、個人的には「出し殻」というか、やりきったものであるので、今も権利を主張していてもなーって。
――かなり個人規模というか、カジュアルな気持ちで発表されていたのですね。
竹安:何か狙ってやろう!みたいな気持ちはあんまりなかったです。ホント、ファッション感覚。
――スマホ向けのゲーム(iOS/Android)を実際に開発した方もいらっしゃいましたね。ちなみに、Game*Sparkの漫画「ゲーみん*スパくん」でもイーノックの画像を使用させていただいていました。こちらもめちゃくちゃな内容なのですが。
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竹安:スマホゲームは面白かったですね!あれは僕も結構やりましたよ。漫画も全然構わないですよ。もう今更ですけど、本当に、本当にめちゃくちゃされてきましたからね(笑)。ネット時代ってそういうもんかなって思ってますし。
――「ネット時代」というのを踏まえて伺いたいのですが、H・P・ラヴクラフト作品や「SCP財団」のような、“シェアード・ワールド”系のコンテンツが今も盛んです。「神話構想」において、「ネットユーザーが勝手に小説を書き始めた」というような例はあったでしょうか。二次創作か、あるいは二次創作よりも一歩先に行くような。
竹安:今いっしょに仕事をしているスタッフの6人くらいがそういう感じですよ。勝手にそういう活動していて、ファンづてに話を聞いて作品をチェックしました。僕自身「うおっスゲーなこのあとどうなるんだ!?」ってビックリしちゃう作品もありますね。ちょっと前だと、「ギャラリーエルシャダイ」で知り合ったそういうコアなファンを、ゲーム会社に紹介してあげて、就職のお手伝いをしたこともありました。
――凄まじいですね。人生に関わるレベルのエピソードです。
竹安:表立ってラヴクラフトみたいに広がっても面白いんですけど、日本では難しいのかなーと。コミケやPixivでの広がり方は、そういうのとは違いますしね。ただ、そういう活動から一緒に仕事ができるようになる方って僕としても気が楽です。感性も一致しますし。
――「ギャラリーエルシャダイ」について改めて伺いたいと思います。竹安さんの作品や、ギャラリーそのものに親しみがない方には「はて?」という印象もあるかもしれません。ファンやアート作品を楽しみたい方のための場所なのでしょうか。
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竹安:作った僕自身がそもそも「はて?」って感じなんですけども(笑)。なかなか見られないようなクリエイターの作品が展示されているので、それを楽しみつつ、「フリーWiFiとフリー電源、フリードリンクを1時間500円で堪能できる場所」と思っていただければ。そこを推しにしようと思ってたんですが、割とスルーされてますね(笑)。
――ファンの遊び場、オフ会の場所に近いような感覚でしょうか。
竹安:そうですね。オフ会にも使われています。立地的にも「なんで新宿なんだよ」と思われるかもしれませんが、僕が純粋に新宿のことが好きだから。作品的には秋葉原や池袋のほうがいいかもしれないんですけど、好きな場所にそういうスペースを作りたかったんです。営業時間は結構絞ってるので、そこだけチェックして遊びにきてほしいと思います。
――個展で販売される図録の装丁や編集などもcrimで手がけているのですね。
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竹安:ウチのスタッフで、デザインも印刷もやってます。展示は基本的にはウチがすべての費用を持つので、興味がある方はぜひご連絡ください。
――「ゲーム」と「アート」、それぞれの活動に対して竹安さんが感じる違いを教えてください。
竹安:ゲーム開発ってやっぱり団体作業なんですよね。よくひとりのクリエイターが表に出て「この人の作品」って言われたりしますけど、「組織の作品」なんじゃないかな。代表としてその人が作っているだけではと思います。サラリーマンの延長線上、クリエイティブなサラリーマンというか。
――たしかに、ゲームには「商売」としての比重がある話もありました。一方で「アート」についてはどう感じていますか。
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竹安:作家活動って何も飾れなければ誰も助けてくれない、言うなれば「全裸」ですよね。拠り所になるのは自分の力しかないですし。モノづくりするに当ってはやはり作家のほうが、桁違いの世界があります。自分でも痛感しました。
――竹安さんの作品に対して、海外のファンから声が届くことはありますか。海外ゲームフォーラムでも『エルシャダイ』を熱く語るファンは見られていて、「再リリースしてくれ!」という英語圏からの書き込みもありました。
竹安:ずっと海外には「ファンはいねーだろ」と思っていて、イベントに呼ばれてもスルーしていたのですが、かつてコミコンに行ったときはそこそこいた記憶があります。なのでSteam配信はやっぱりやってみたいですね、バグ取りがなんとかなれば……(笑)。
――それでは、記事の最後で案内させてもらいますね。質問は以上となりますが……こんなインタビューで大丈夫でしょうか。
竹安:大丈夫だ、問題ない。一番いい掲載を頼む。
――本日はありがとうございました。
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「Elshaddaiメタ記(上)」は8月29日に下記サイトから発売予定です。
ギャラリーエルシャダイ
『エルシャダイ』のエイプリルフールネタをきっかけに実現した本インタビュー。当時のネットを中心とした盛り上がりやチーム解散後のエピソード、そして「神話構想」のこれから、発売目前の書籍の情報まで余すところなくたっぷりとお話頂きました。Game*Spark読者であれば、PC版を準備しているという情報も見逃せないはず。竹安氏は「今後も情報がアップデートされれば、随時お知らせします」と話していたので、今後の動向もお楽しみに。