■VRモードと長く付き合う為に―自身の「酔いのコップ」を理解する
そして2019年に発売された『エースコンバット7』VRモードでは前述の3名の内、玉置氏がVRプロデューサーとして、夛湖久治氏がVRディレクターとして、山本治由氏がリードVRエンジニアとして揃いました。
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通常『エースコンバット』のゲームプレイ画面は、計器のみが描かれたHUDビューとコックピット、そして3人称視点の3つがあります。『エースコンバット7』VRモードで行った施策として、「VRモードのコックピットビューの徹底」や「UI系統の埋め込み」の2つを行っています。レーダーなどのUIがコックピット内に入っていることで、画面全体を見るのではなく、自分がそのときに必要な情報だけを注視し、正面視界に集中できるようになっています。
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また『ACE 7』VRモードは、予告から身構えまでの瞬間を大切にしており、『マッハストーム』では決定ボタンを押すと即離陸でしたか、「必ず先に僚機が離陸する(何をさせられるのか予期できる)→スロットルのトリガーを引いてから一定時間経たないと動き出さない→射出音が先、動きが後」となっています。
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また曲がり方に関しても、順当に曲がるのでは酔いやすいのではないかと判断したため、徐々に曲がりながら挙動を予告しつつ、ある一定の場面で即曲がるようになっています(これは一定時間かけて曲がるよりか、急だが一瞬で済ませたほうがマシではないかという考え方に基づいている)。
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『ACE 7』VRモードにおいて離陸が一瞬だったのは、目線が低く地平線を認識しやすい状況下での移動時間を短くする為のものとのこと。またVRモードでは、少し飛び立ったら近くに雲があるように設置しています。これは、離陸した後プレイヤーの近くに雲があると近づき入りたくなる設計にしたことで、地平線の存在が曖昧になり酔いにくくする効果があります。
ここで「酔いのコップ理論」が紹介されました。これは人それぞれが持つ酔いのコップ(許容量)の中に沢山のストレスが溜まることで「酔った」という認識がされる概念です。VR酔いの場合では視界の動きと三半規管の動きが矛盾しているときに多くのストレスが溜まると言われています。
また人によってこのコップのサイズは異なり、酔いが引き起こされる原因も違ってきます。このため、開発陣は酔いが引き起こされるストレス源を少なくすることを第1の目標とし、ユーザー自身が持つ酔いのコップの許容量を把握し理解する事で、VRが好きなユーザーとVR開発スタッフとの友好関係が長く続くのではないかと話します。
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そのため「今日はこれぐらいにしておこう」ということと、「そろそろかな…」と自分の許容量を把握してもらうことを重要視しているのだとか。また、我に返る瞬間を多く作る為にも、時間の引き伸ばしをせずに濃密な体験を作る事も必要と説きます。しかしながら、短くも濃い体験というのはゲーム業界/プレイヤー的にも冒険的なもの。それは、(一般的には)「数十時間のゲームプレイ体験」という価値観が重視されるためです。
その一方で、長時間のゲームプレイより短くも濃い体験に感銘を受けるユーザーもいるはずなので、「酔い」を考慮するとなるべく時間を掛けず「長い時間ゲームを遊んだものと同じぐらい価値のある濃い体験をした」と思って貰うアイデアを如何に出すかということに時間を掛けていたことを明かしました。
ミッションのフェイズを突破すると離れた所に敵が出現しますが(VRミッション1なら敵Tu-160編隊迎撃後に出現するミラージュ2000などの敵編隊)、これはこの飛んでいる時間に自分がVR酔いに陥っているかをチェックする時間でもあり、立て続けにプレイして酔いが許容量を超えない為の休憩ともいえる「間」を持たせています。
■「当事者感」を高める「対象との距離」と「ゆっくりと近づく動き」
話は再び2014年に戻り、キャラクターを目の前に置き、それが近いとそれに対して「本当にそこにいる感覚。実在感」がある、ということを、2014年版『サマーレッスン』のPVでは呼称しています。
この「実在感」つまり「センス・オブ・プレゼンス」の発見は、P.O.D.筐体とは違いOculus RiftやPS VRなどは立体視であるために近さという概念が生まれました。「近いものは実物の様に感じられる」という発見に伴って生まれたテクニックの一つとして、近さを「センチメートル単位で詰める」というものです。
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これを代表するエピソードとして、開発中の出来事で、ある時を境目に女の子にドキドキしなくなったとき、原因を探ってみるとUnreal Engine 4のバージョンが上がりプロジェクト環境を移植する時にカメラの位置が3~4センチほど後ろにずれていた事でした。キャラクターとの距離が3~4センチ離れただけで、親近感やときめきが著しく失われてしまったのです。ここでの知見は「数センチでも妥協したらダメ」ということになります。VRは繊細ですね……。
2つ目は「相対的にゆっくり動く」というものです。VRミッション2、冒頭でのタキシング中に目の前を爆撃機(コールサイン: クレイモス2)が、対空車輌を巻き込んで墜落していく場面を説明しました。ここでのシーンは対空車輌が爆発した後の破片がコックピット近くに降り注ぐようにするため、「キャノピーに当たってコツンと音がしないとダメなんです!」と何度もリテイクを繰り返したと振り返ります。
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このセンチ単位で妥協しないというのは離陸シーンでも活かされており、プレイヤー機の離陸速度と爆撃機の墜落速度の相対速度はほぼ同じであるため、プレイヤー機がゆっくりと爆撃機に近づくことは、『サマーレッスン』のひかりちゃんがゆっくりとプレイヤーに手を伸ばすがごとく、「当事者感」に近いと説きます。また鉄塔やヘリなど、動かないものやゆっくりと動くものはとても重要で、対象に注目しつつゆっくりと首を動かす事が出来ます。また今回のVRモードでは、実在感から当事者感へと発展したことで「バーチャル責任感」が生じ、これが本作で大きな力を果たしています。
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『サマーレッスン』での当事者感は、ゲームの習慣外の動きをさせることの例としてコントローラーを電話に見立てて行ったことなどと語ります。『エースコンバット7』VRモードにおいてはエアショーモードがそれに当たります。このエアショーモードでは、プレイヤーのほぼ真上を航空機が飛行し空を見上げることや、後ろを向くという「普段ゲームではしないこと、PS VRじゃないとしないこと」を如何にさせるかということをねらい、「プレイヤーはディスプレイの向こうにいるわけでは無く、あなたそのものなのです!」ということを強調します。
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続いて「クロスモーダル現象」についても説明しました。この現象は、五感が刺激されると本来そこに存在しない音や匂いを錯覚してしまうものです。玉置氏は、2016年に NHKのクローズアップ現代+でVR特集の回でも解説されたことがあると述べます。
『サマーレッスン』を例にすれば、ひかりちゃんが近づいて来たときに匂いや体温を錯覚することに近いものです。PS VRでは視覚と聴覚、そして触覚しか使えませんが、それ以外の身体感覚をプレイヤー側が勝手に補完することも「クロスモーダル現象」と説明します。
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その「クロスモーダル現象」で作られたのが、ゲームオーバー演出のコックピットに充満する煙です。ゲーム本編でのゲームオーバー演出は、撃墜された時に3人称視点へと切り替わりますが、VRモードではコックピット内に煙りが充満し爆発するという方法がとられており、実際に体験したプレイヤーの中には「煙に溺れそうになり、息が苦しくなる」という錯覚をクロスモーダルで感じるほどのものになっています。このゲームオーバー演出は、リプレイ性を担保する調整のため最終的に8秒ほどの演出になったと語ります。玉置氏は、このゲームオーバー演出と「クロスモーダル現象」を使ったことで、生々しい「戦争の当事者になった」という感覚が恐怖感とともに生まれたと述べました。
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最後に1990年の『ギャラクシアン3』では、前後を含めた総合演出の重要性を教えてくれたこと、2014年の『サマーレッスン』では実在感を表現し、2019年の『エースコンバット7』は様々な積み重ねの上に当事者としての体験ができるようになったとまとめました。また、やっていることはコンテンツと物語やゲームではなく「体験」であると締め、第2章のパネルディスカッションへと移りました。
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