カナダ・モントリオールに本社を構え、オーディオミドルウェア「Wwise」をグローバルに提供するAudiokinetic社。その日本法人は、今年で設立10周年を迎え、日本での展開をますます加速させようとしています。
今回、GameBusiness.jpではAudiokinetic主催のゲーム開発者向けイベント「Wwise Tour 2023 Tokyo」の会場を取材。パンデミック以来数年ぶりのオフライン開催となった本イベントの会場のようすや講演の模様をお届けします。
また、講演にも登壇したTango Gameworksの担当者へインタビューを実施し、高く評価される同スタジオのゲームタイトルの開発秘話や、Wwiseを活用したゲームオーディオ制作について伺いました。
クリエイターに寄り添い、グローバル展開を加速させるAudiokinetic
数多くのAAAタイトルにも採用される「Wwise」やサウンドアセットのサブスクリプションサービス「Strata」を提供するAudiokineticが主催する「Wwise Tour 2023 Tokyo」。その会場となったスクランブルホール(東京・渋谷)にはオーディオ分野に携わる多くの開発者が足を運び、講演に耳を傾けました。
始めに登壇したのは、Audiokinetic CEOのマーティン・H・クライン氏。基調講演として、Audiokineticの近年の世界展開や最新動向を紹介しました。
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「Wwise Tour」は、Wwiseを利用する開発者が一堂に会し、情報交換や交流を行うことを目的としたイベント。クライン氏は、「クリエイターが制限なく創作に没頭できる世界を実現するというAudiokineticのビジョンのためには、最先端のテクノロジーを構築するだけでなく、アイデアを共有し、互いに支え合うことができるコミュニティと共にあることが必要」と、イベントにかける思いを語りました。
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Audiokineticは2000年にカナダ・モントリオールで事業をスタートし、2006年にWwiseをリリース、同年にWwiseを使用した初のゲームがリリースされます。2007年にはロンドンと東京で初の「Wwise Tour」を開催。そして2013年、日本・東京に日本法人を設立しました。
2014年にWwiseを使用した500本目のゲームがリリースされ、同年、Wwiseは業界標準といえるオーディオミドルウェアとなりました。その後、テーマパークなどのLBE(ロケーションベース・エンターテインメント)分野と自動車分野へ進出。そして2019年にはソニー・インタラクティブエンタテインメントの傘下へと入ります。
2021年には中国・上海に、2023年にはオランダ・ヒルフェルスムに拠点を設立するなど、グローバル展開を今も進めています。
最後にクライン氏は来場者と関係各位への感謝の言葉を述べ、講演を終えました。
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次に同社CTO(最高技術責任者)のマーティン・ドフール氏が登壇し、先日リリースされたWwiseの最新バージョンで改善された、ラウドネスの測定・正規化に関する機能説明とワークフロー例の紹介が行われました。
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次にゲストによる講演がスタート。初めに登壇したのは、大規模オンラインマルチプレイ向け開発プラットフォームを提供するImprobable(イギリス・ロンドン)のオーディオディレクターであるアレクサンダー・ホロウィッツ氏。過去には『ホグワーツ・レガシー』の欧州オーディオチーム責任者を務めたほか、『レッド・デッド・リデンプション2』、『GTA V: オンライン』などの開発に携わった経歴を持つ人物です。
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講演では、同氏が「本当に楽しんで使っているソフトウェア」であるというWwiseを活用したゲーム開発について、特に大規模プロジェクトでの運用という観点から知見を共有しました。
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最後に、Tango Gameworksからオーディオ制作に携わる3名が登壇。同スタジオが手掛けた『Hi-Fi RUSH』と『Ghostwire: Tokyo』の制作事例を紹介しました。
『Hi-Fi RUSH』は、「世界のすべてがビートにシンクロする」ことをコンセプトとした新感覚のアクションゲーム。発売直後から高い評価を受けており、本イベントの1週間後、2023年12月8日に開催された「The Game Awards 2023」では「Best Audio Design」を受賞しました。
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はじめにオーディオディレクターを務めた小堀修一氏から、同作の概要について説明がありました。プレイヤーのアクションを含むゲーム内の要素が音楽とシンクロする、というコンセプトを実現するため、Tango Gameworksでは「リズムシンクロシステム(RSS)」という仕組みを実装。これは、Wwiseのミュージックコールバック機能を利用して取得できる音楽の情報を取りまとめ、アプリケーション側で扱いやすいように加工するものです。
続いて、楽曲・楽器効果音制作/インプリメントなどを担当した柳雅俊氏が、ゲームの進行やプレイヤーの操作にシンクロするオーディオ実装、プレイヤーやエネミーに紐づく楽器効果音の実装、そしてMIDIやUser Cueをレベルデザインに活用した事例について、実際のWwiseの画面をもとに解説しました。
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次に紹介されたのは『Ghostwire: Tokyo』の事例。同作は、突如として人が消失した東京・渋谷の街を舞台とするアクションゲームです。
当初PS5とPCでのリリース(後にXbox Series X/S版もリリース)となった本作では、PS5用コントローラーのDualSenseを活用した新しい体験を提供すべく、Wwise Motion Plug-inを用いたコントローラー振動を実装。実際にそこにいるかのような没入感を目指して振動が制作されました。
本作で振動をメインに担当した笹村貴宏氏が、振動制作における考慮事項や工夫、実際の実装方法について説明しました。
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DualSenseとXbox/PC向けXInputコントローラーのアクチュエイターの違いへの対応や実際の振動作成方法、原音と振動の距離減衰の違いなど、開発事例を説明した上で、「トライ&エラーを繰り返すことが重要」「良い振動はゲーム体験を底上げしてくれる」とまとめ、講演を終えました。
全ての講演が終わると、登壇者と来場者を交えた懇親会が行われ、全てのプログラムが終了しました。
とにかく没入感にこだわったゲーム制作…Tango Gameworksインタビュー
イベント終了後、講演に登壇したTango Gameworksの3名にインタビューを実施。同スタジオのゲーム開発について、講演では触れられなかった開発秘話からWwiseへの印象まで、詳しく伺いました。
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――『サイコブレイク』から始まり、『Hi-Fi RUSH』『Ghostwire: Tokyo』と、Tango Gameworksの手掛けたタイトルはオーディオへのこだわりが感じられます。ゲームのオーディオ制作について、理念のようなものはあるのでしょうか。
小堀修一氏(以下、小堀)まずTango Gameworks全体として、最新の技術を活用した革新的で没入感のあるゲームを作りたい、それをユーザーの皆さんにお届けして楽しんでいただきたい、という目標があります。そういった意味では、「オーディオに特にフォーカスして力を入れている」というより、ゲーム全体のクオリティを上げる過程で、ゲームデザインやグラフィックと同じようにオーディオにもこだわって制作していると表現した方が正しいですね。
第1作の『サイコブレイク』はホラーゲームでしたから、プレイヤーを怖がらせる手法のひとつとしてオーディオは重要でした。また『Ghostwire: Tokyo』では、リアルな東京の街を歩いているような没入感を得られるよう、3Dオーディオや振動にも力を入れています。『Hi-Fi RUSH』はまさにアクションと音楽が融合したようなコンセプトのゲームですので、オーディオには必然的にとてもこだわりました。
――ちなみに、オーディオ制作にはどのくらいの人数が関わっているのでしょうか。
小堀比較的少人数のチームでやっています。そのため、それぞれが自分の得意分野・専門分野を活かしながらも、仕事をある程度シェアしながら制作を行っています。もちろん、プロジェクトが進行するにあたって、外部の制作会社さんに協力をお願いすることもあります。
ゲームを面白くするためには、例えばグラフィックデザイナーやプログラマーといったセクションの垣根を意識せず、「こうしたらもっと面白いのでは?」と意見を出しあえる風土がありますね。我々からも「サウンドをこうしたいから、こうしてほしい」と他のセクションに話すこともあります。
――今日のイベントでは、『Hi-Fi RUSH』ディレクターのジョン・ジョハナスさんが飛んできて「『音楽がダサい』と言われた」というお話もありました。
小堀本当に飛んできて「あのダサいっぽいリフは何ですか…?」と言われたことがあります。こちらはもちろんダサいと思ってないのですが(笑)。
――『Hi-Fi RUSH』『Ghostwire: Tokyo』の2作品について、オーディオ面で特にこだわった部分について詳しくお聞かせください。
小堀『Hi-Fi RUSH』はやはり「すべてがビートにシンクロしている」というところですね。主人公や背景のオブジェクトの動き、カットシーンも全てBGMのリズムに同期していますから、たとえBGMのボリュームをゼロにしてもSEだけでビートを感じられるようになっています。
また、本作ではストリーマーモードも用意しています。これをオンにするとゲーム中のライセンス楽曲がオリジナル楽曲に切り替わり、ストリーマーの方が安心してライブ配信できるようになります。動画や配信でこのゲームを知っていただく機会が失われてしまうのは、やはり残念ですからね。
加えて、カットシーンも含めて全編ドルビーアトモスに対応しており、環境が整っている方はより一層没入感のあるゲームプレイができます。
柳雅俊氏(以下、柳)『Ghostwire: Tokyo』は、渋谷の街と超常現象・オカルトの雰囲気、つまりリアル/アンリアルの両立がひとつのテーマです。「疑似東京」を作り出すため、イマーシブ3Dオーディオや今日の講演でも紹介した振動表現に力を入れたタイトルでした。
笹村貴宏氏(以下、笹村)『Ghostwire: Tokyo』の振動表現では、雨が降っているときや些細な物理オブジェクトに接触したときにも振動するようにしています。
――振動にこだわったのは派手なアクションシーンだけではないんですね。
笹村派手なシーンでの振動は、言ってしまえばプレイヤーにとっては「当たり前」なんです。ゲームの中で起こっているインタラクションをダイレクトにプレイヤーに伝えられるよう、むしろさりげない振動にこだわりました。
小堀ある海外メディアのレビューでも「振動表現のベストプラクティスだ」と評価いただいて、こだわりが伝わったのが嬉しかったですね。
――Tango GameworksではこれまでのタイトルでWwiseを活用したオーディオ制作を行ってきたかと思いますが、Wwiseについてどのような印象を持っていますか。
小堀オープンワールド型の『Ghostwire: Tokyo』からリニア式の『Hi-Fi RUSH』まで、雰囲気もジャンルも異なるタイトルを制作してきましたが、どの作品のオーディオ制作でも1つのミドルウェアで対応できるので、その懐の深さのようなものを感じています。
『サイコブレイク』の開発時には自社グループのオーディオエンジンを使用していたのですが、『サイコブレイク2』でWwiseを導入した当初は、Wwiseでできないことがある場面もありました。しかしWwiseは頻繁にバージョンアップされますので、今では困ることがほとんどなくなりました。
また他のセクションに細かく頼まないと音が鳴らないということが少なく、Wwiseの中だけでサウンドのクオリティを突き詰めることができると思います。
柳新しい企画についてサウンドの仕様を検討する際、自然と「Wwiseだったらあれができるな」という風に考えてしまっているくらい、頼りにはしていますね。
小堀私が業界に入った頃は、各社がオリジナルのサウンドドライバーを使っているような時代だったので、そこからすると隔世の感がありますね。何かを実現したいときにWwiseのマニュアルを見れば「あ、できるんだ」と気付く。そんなことがよくあります。
――他に、Wwiseで実現できたことがあればお聞かせください。
小堀『Hi-Fi RUSH』は特にミックスが大変なタイトルだったのですが、HDRやサイドチェインなどWwiseの機能をフル活用してミックスすることができました。
またTango Gameworksのタイトルは対応する言語が多いのですが、Wwise内のエフェクトを調整しておけば他の言語の音声にも同じように適用できるなど、作業コストの削減にも役立っています。
柳音の再生スピードを変化させる表現は、通常はピッチが変わってしまいますので、ピッチを変えたくない場合にMIDI音源を活用して実現しました。
『Hi-Fi RUSH』のテストマップではMIDIによる楽曲を実装し、ゲームデザイナーがBPMを上下させて遊びや動きを確かめられるようにしたり、他のタイトルではオルゴールのネジが緩んでいくような表現を再現したりできました。
笹村使い方さえ分かってしまえば、できないことは少ないと思います。
――ありがとうございました。
基調講演にてマーティン・H・クライン氏が述べた通り、本イベントでは実際に多くのクリエイターが交流を深め、互いに学び合う雰囲気がありました。グローバル展開を加速させ、日本法人設立10周年という節目も迎えたAudiokineticは、コミュニティと共に今後もゲームオーディオ分野で存在感を増していくことでしょう。
Audiokineticは、オーディオミドルウェア「Wwise」の最新バージョンとなる「Wwise 2023.1」を2023年11月にリリースしました。PCやコンシューマー機だけでなく、AndroidやAppleデバイスにも対応した空間オーディオをはじめ、多くの機能がアップデートされています。Wwiseの詳細については、下記からご参照ください。
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