
マイネットは、スマートフォン用のゲームアプリ市場において、国内最大級といえる累計60タイトルの運営実績を持っています。そんな同社が見据える、オンラインゲーム運営におけるAIの活用法とは?「COMPASS」の事業責任者である、マイネット執行役員/mynet.ai代表取締役社長 CEOの梅野真也氏(以下、敬称略)にお話をうかがいました。
――梅野さんは元々ゲーム業界のご出身ではないのですよね。
梅野はい。米マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学して修士を取り、その後は東芝や楽天でデータマイニングや機械学習に従事してきました。マイネットにジョインしてからは、どのようにしてAIをゲーム運営に取り入れるか、ユーザーのみなさんのためにどう活用するかを追求しています。
――ゲーム業界に携わろうと思った理由やきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
梅野弊社の上原(マイネット代表取締役社長 上原仁氏)と面談した際に、「スマートフォンゲームを運営するということは、オンライン上に社会を作るようなもの。これは空間運営、国づくりである」と熱く語られまして、そこに共感を覚えたのがきっかけです。ゲームの世界に毎日人がやってきて(ログインして)、そこに価値を感じて対価を支払ってくれるユーザーの方たちがいて。彼らは何をすればより価値を感じて、ロイヤルユーザーとなってくれるのか?そのための空間運営のメソッドとは?大変興味深く、かつチャレンジングな分野だと常々感じています。
――ご自身もゲームで遊ばれることはありますか?
梅野学生時代はよく遊んでいましたよ。RPGや格闘アクション、シミュレーションなどさまざまなジャンルをプレイしていました。また、最近もプライベートで自社タイトルはもちろん他社様のスマートフォンゲームを遊ぶことがあります。
――ゲームは元々お好きだったのですね。それでは逆に、AIに興味を持ったきっかけはどこにあったのでしょう。
梅野MIT在籍時代は、人が作ったアルゴリズムをデバッグしてくれるAIの研究をしていました。人の手だけで何かの完成を目指すより、頼れるところは機械の手も借りた方がより完全なものに近づけるはず、という考えが根底にあってのことです。俗っぽく言ってしまえば、ロボットスーツを着るような世界が好きなんです(笑)。今の仕事は、その延長線上にあると言えるかもしれません。
――具体的なこともおうかがいできればと思います。現在、マイネットグループではスマートフォンゲームに対してAIの強みをどのように活かしているのでしょうか?
梅野私は「1to1」と「1toN」と呼んでいますが、大きく分けて2つの軸があると考えています。「1to1」というのは、AIが個々のユーザーに向き合うもので、基本的にはAmazonやNetflixで見られるリコメンデーションに類するものだとお考えください。どちらもユーザーの好みを分析して「この商品を買った人はこんな商品も買っています」、「この作品を見た人はこんな作品も見ています」と提案してきますよね。あれをゲームにも取り入れようというものです。
たとえば、とあるユーザーがアイテムを集めてデッキを組んだけれど、強大な敵に負けてしまったとしましょう。そんなときに、プレイの過程を分析して「今のあなたに足りないものはこれですよ」と最適なアイテムをおすすめする……というようなイメージです。
――なるほど。一方で「1toN」とは……?
梅野こちらは特定のユーザー個人ではなく、多数の運営に携わる人間を助けようという考えです。先ほども少しお話しましたが、オンラインゲームの運営は国づくりのようなものでもあります。その世界でどのような政を行うか方針を決め、実行しなければなりません。その意思決定の精度を向上させようというものです。
カードバトル型のゲームを例にすると、今流行っているデッキやキャラクターはどのようなものなのか。トップユーザーたちの"勝ちパターン"が、特定のキャラやスキルに偏りすぎていないかなどを分析し、現状に新たな風を吹き込ませる商材を提案するというものです。どのキャラとどのキャラの組み合わせが好まれているか……というアソシエーション分析も行えます。
――そうした分析をAIにやってもらえれば運営としては助かりそうですね。
梅野ゲーム業界に身を置いて感じるのは、こうした分析や、それを受けて行う各種の調整が、優秀な個人によって行われていることが往々にしてあるということです。その人がいてくれるうちはそれでもいいのかもしれませんが、マイネットのビジネスモデルとして、ゲームタイトルの権利移譲は切っても切れませんし、それに伴う人材の流動など、さまざまな事情からその人が現場を離れることも珍しくありません。ですので、そうした属人性をなくせればと考えています。AIを活用した意思決定モデルができれば、それだけ引き継ぎがしやすくもなりますしね。

――データに基づいて意思決定が行われるデータ・ドリブンの環境実現のため、これまでおうかがいしたAIの活用とともにビジネスインテリジェンス・ツール「Domo」も活用されているとうかがいました。「Domo」の使用感をお聞かせください。
梅野弊社ではユーザーをRSPU(ロイヤルユーザー)、ESPU(準ロイヤルユーザー)、MAU(それ以外のユーザー)という独自の分類方式で分析しており、「1toN」を支えるものとしてRSPUの統計分析に活用しています。
RSPUはひと月に26日以上ログインしてくれて、課金率の8割を超えるユーザーを指します。そのゲームにおける利益の8割をこのRSPUが生み出します。「Domo」でセグメントを追いかけて、どのような遷移でRSPUができあがるのか、RSPUからESPUやMAUになった人は、どのようにすればRSPUに戻ってきてくれるのかなどを分析するのが狙いです。
これが可視化できれば、予算決定の権限を持つ経営レイヤーだけでなく、具体的な施策を決定するプロデューサーやディレクターのレイヤーも戦術を固めやすくなります。まずはこれらのレイヤーをつなぐ共通言語としたいですね。
――ずばり「Domo」を採用した理由はどこにありますか?
梅野「Domo」を導入した理由は様々なものがありますが、全社共通で見られるRSPUの分析データとしての要件を満たしていたというのが大きいです。今はプランナーにもアカウントを付与しており、開発現場のスタッフも同じようにデータを見られる環境作りを進めています。
ちなみに、私は「Domo」を単純なBIツールとしてはとらえていません。データは重要な資産です。弊社は「10年空間の実現」という表現でゲームの長期運営の実現をミッションとして掲げていますが、そのために必要なのが、データ・ドリブンによる運営です。朝、出社したらまず「Domo」でデータを見る。何らかの意思決定をする際にもデータを見る。「Domo」を社内におけるデータ・ドリブンのポータル、象徴といえる存在にしたいと考えています。
――最後に、個々のゲームタイトルの現場から離れて大きな枠組みでのお話をうかがえればと思います。今日、日本では少子高齢化に歯止めをかけられず、それは遠からずさまざまな企業、現場で人材の不足という形で現れると思います。AIは、そうしたリソース不足を補えるでしょうか?
梅野補えると考えていますし、そうした未来を見据えて今動いています。今はゲーム運営においてシナリオやイラストのQA(Quality Assurance:品質管理)などを外部に発注していますが、ゆくゆくはこうした部分もAIが行えるようになっていくと思います。とはいえ、現状ではAIが一番力を発揮するのは間違いなく「1to1」ですね。eコマースやオンライン広告などで積み重ねられた知見がありますので、成果を出しやすいです。
――今後、AIはどのような高みまでいけると思いますか?
梅野顔認証や音声認証に加え、リアルタイムで脳波も読み取って分析・判断ができるようになれば、たとえば、目の前の相手をもてなす会話ができるようになるでしょう。人が喜ぶとき、脳波はどのような反応を見せるか?表情や声のトーンの情報と結び付ければ、人の感情を予測・誘導できるようになってもおかしくありません。ただ、それよりもさらに一段高次といえる、何らかのストーリーに共感を覚えたり、雄大な大自然を前に感動するような気持ちをどう再現・予測すればよいのかの道筋はまだ見えていないと言えます。そこを越えられるかが課題ですね。
――門外漢ではありますが、大変興味深いお話でした。対象をスマートフォンゲーム業界に戻すと、今後のAIはどのような位置づけになっていくでしょうか?
梅野「1to1」においては、いわゆるナビゲーションキャラをAIが担ってくれるようになるでしょう。「1toN」においては、各種パラメータなどの細かな調整を外注することなく、AIがやってくれるようになるのではないかと思います。とはいえ、いきなり丸ごと取って代わるという意味ではなく、"選択肢のひとつ"という感じからのスタートだとは思いますが。そうした未来のためにも、まずは「1to1」でしっかりした成果を出したいと考えています。
――ありがとうございました。