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「東京ゲームショウ2023」で実施された、日本財団・一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)共催のeスポーツカンファレンス「eスポーツがもたらす新たな可能性」を取材しました。筆者の視点も交えながらレポートします。
忙しい方向けに2つのポイントで整理
まずは本セッションで起きたことを2つのポイントで整理します。これらのポイントについて、少しでも気になった方は全文を読んでいただくと良いでしょう。
バリアフリーやジェンダーに振り切った内容
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今回のセッションは、eスポーツの競技面、興行面に焦点を当てたものではなく、高齢者、障害者などを対象としたバリアフリーや、女性活躍などのジェンダーの観点が強く押し出されていた印象があります。
日本の抱える課題や世界の潮流が色濃く反映されたセッションでした。
日本財団のモデレーター岡田氏の名進行
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本セッションでは、日本財団のモデレーター岡田友子氏のファシリテーションが素晴らしく、ディスカッションのフェーズでは、活発に話を振って、議論を活性化させていました。
こういったセッションでは、登壇者がそれぞれが用意してきたスライドを説明して「ようやくこれからみんなで話しましょう」というタイミングで時間切れ、ということがありがちですが、今回のセッションではそのようなことはありませんでした。
岡田氏のファシリテーションが登壇者同士の発言を繋げ、業界を跨いだ有識者たちの化学反応を楽しめるセッションでした。
登壇者紹介
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まずはパネルディスカッションの恒例行事、登壇者の紹介からスタートします。
田中 栄一氏(ユニバーサルeスポーツネットワーク代表理事)
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「eスポーツ×障害者支援」というテーマではお馴染みの田中栄一氏。
「障害をお持ちの方々が(自分はeスポーツを)できないと思って諦めているんじゃないだろうか。そういった方々に声が届くよう『(誰でも)スタートライン立てること』というのを伝えてます」
セッションでは、手足の障害を持つ子どもたちに寄り添った、専門的なゲーミングデバイスの最新情報を共有しました。
小野 憲史氏(ゲーム教育ジャーナリスト)
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こういった専門性の高いセッションにおいて、権威性のあるジャーナリストの存在は不可欠です。
「20年以上にわたって、ジャーナリストとしてゲーム業界の様々な取材を続けてきました。eスポーツや様々な文化に触れてきた中で、ゲームの持つ新たなの可能性を感じているので、そういった立場でお話ができればと思っています」
東京国際工科専門職大学での講師も担当している小野憲史氏。同校ではゲームやITといったテクノロジーを活用して、様々な社会課題を解決できる人材の育成も掲げており、本セッションではそれらの観点から意見を述べました。
森下 諒氏(ライアットゲームズ ブランドマネージャー:MOBA)
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こういったセッションには珍しく、ゲームパブリッシャーの担当者も登壇しました。
『League of Legends』『VALORANT』など、eスポーツシーンにおける人気タイトルを提供するライアットゲームズでブランドマネージャーを務める森下諒氏は、「この1年色々ありましたので、それらの経験も踏まえながらお話できればと思います」と、10年以上もの間eスポーツプレイヤーと向き合い続けてきた、ゲームパブリッシャーとしての視点からセッションに参加しました。
戸部 浩史氏(一般社団法人 日本eスポーツ連合)
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JeSUからは戸部浩史氏が登壇しました。
「中学生の頃、僕をゲームの世界に導いてくれた従弟がいたのですが、彼は筋ジストロフィー症でした。今日ここでお話しすることは、個人的にもすごく繋がり深いので、良いお話ができればと思っています」
戸部氏は、eスポーツという言葉がなかった頃から、ゲームを使った世界大会やイベントを開催してきた経験を踏まえ、セッションに参加しました。
吉成 健太朗氏(ユニバーサルeスポーツネットワーク)
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障害当事者の1人である吉成健太朗氏はオンラインでセッションに参加。
「子どもの頃からずっとゲームに親しんできて、今ではもう生活に欠かせないものです」
進行性の病、筋ジストロフィー症である吉成氏からは、障害のあるプレイヤーがeスポーツに取り組むうえで、どのような課題があるのか、そしてどのような工夫が必要なのかという観点で、実体験を携えての参加となりました。
注目の議題を4つピックアップ
ここでは後半のパネルディスカッションで、特に注目の事例や登壇者同士のやり取りを紹介します。
眼球トラッキングで活躍するeスポーツプレイヤー(森下氏×田中氏)
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ライアットゲームズの森下氏からは、パブリッシャーがプレイヤーに歩み寄った事例が紹介されました。
スクリーンに映し出されたのは、『レジェンド・オブ・ルーンテラ』というデジタルカードゲームの大会で好成績を納めているアメリカのプレイヤーです。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者である彼は、手足が動かなくなってきており、アイトラッキングでゲームを操作しているとのこと。ある日、彼はネット上で「自分がどのような方法でゲームを楽しんでいるか」を共有する投稿を行いました。
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すると、ライアットゲームズは彼の投稿に返信を行い、そこから密にやり取りを始め、やがてはゲームの開発に対してフィードバックをもらうようになったといいます。そして、ハンディキャップのある人でもゲームを不自由なく遊べるように、彼の声をゲームシステムに反映させました。
田中氏からは「障害者の中には、ゲームを買っても『使えなかった(遊べなかった)』という方が多く、そこで諦めてしまうケースがあります。そういった声を拾い上げられる窓口が必要であり、当事者の声を可視化することが重要です」と補足がありました。
高齢者施設とeスポーツ(戸部氏×小野氏)
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JeSUの戸部氏からは、熊本県の美里町で実施された「eスポーツでいい里づくり事業」から、高齢者福祉におけるeスポーツの活用事例が紹介されました。同事業は、「認知症予防」「ICT教育」「高齢者と若年層の交流」の3つのキーワードのもと実施された取り組みでした。
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また戸部氏からは、eスポーツで期待される効果について、どのような科学的な検証がされてるのかについても紹介がありました。eスポーツの事例が、内閣府の地域推進のモデルケースにも選ばれたことから「競技的な側面だけがeスポーツではない」と指摘しました。
ジャーナリストの小野氏からは補足として、自身が高齢者施設に訪問した際の経験を紹介。高齢者の方々は例えば肩の麻痺などによって普通のコントローラーでは遊べなかったり、そもそも施設の職員がゲームのメニュー画面を操作できずにゲームをスタートできなかったり、といった様々な問題があったといいます。
そのうえで小野氏は、自身で簡単なゲーム(4人対戦・固定画面のワンボタンで遊べるゲーム)を開発して、施設に提供したところ「自分たちでも遊べるゲームがあったんだ」と好評だったと紹介しました。また「非商業ベースのゲームをみんなで楽しむ世界観が(福祉の分野を中心に)作れると確信した」と述べました。
eスポーツと他のアクティビティの違い(吉成氏×田中氏)
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オンライン参加の吉成氏からは「なぜeスポーツをしてきたのか」「他のアクティビティとeスポーツの違いとは」についての言及がありました。
吉成氏は、自身の小学生時代のことを振り返りつつ「自分はサッカーや野球を体験できないので、プロ野球選手が160キロのボールを投げたとしても、それがどれくらい難しいのかを理解できなかった。一方、eスポーツであれば、プロゲーマーのプレイの凄さを実感できた」と話しました。
また自身が進行性の病気であり、徐々に自分の身体が動かなくなっていく状況を踏まえたうえで「そんな中でも、eスポーツの世界であれば、デバイスの進化や自分の訓練を通して、新しいことができるようになる感覚を得られる。それは僕にとって数少ないアクティビティです」とeスポーツへの想いを語りました。
田中氏は以前、吉成氏へ「あなたにとってeスポーツは何ですか?」と聞いたことがあり、その答えは「eスポーツに救われた」だったそう。「『救われた』と自ら言えるのはすごいなと思いました」と、eスポーツ特有の魅力、そして吉成氏の懐の深さが伝わるエピソードが共有されました。
eスポーツによるジェンダーギャップや分断の解消について(森下氏×小野氏)
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ライアットゲームズの森下氏からは、eスポーツにおける女性活躍の観点から事例の共有がありました。
ライアットゲームズが提供するFPSタイトル『VALORANT』の競技シーンでは、「VALORANT Game Changers Japan」という女性限定の大会を開催。今まで焦点が当たってこなかった女性にスポットライトを当てることを目的とした大会だといいます。
ジャーナリストの小野氏からは、「多様性」という切り口から別の観点として、2018年の「E3」直前に実施されたメディアブリーフィングにおいて、マイクロソフトのフィル・スペンサー氏の「eスポーツには人種、国境、文化、性別、ハンディキャップの有無、その全てを乗り越える力がある」という発言に心を打たれた、というエピソードが明かされました。
続けて小野氏は、1995年のラグビーワールドカップにおける南アフリカの黒人/白人統合チーム、2018年の平昌オリンピックでの女子アイスホッケー南北合同チームなどの例を挙げ、スポーツが分断を繋ぐものとして機能するということを強く主張していました。
まとめ:TGS2024ではこのセッションをメインステージで観たい
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最後に、今回のセッションを拝聴して、筆者が感じた本音を記述します。
当事者たちによる具体的な事例が共有された、濃厚な1時間のセッションは、その場にいる人たちの(eスポーツがもたらす新たな可能性に対する)決意を新たにさせるものでした。
一方、筆者が課題だと感じたのが、どうしてもこのセッション全体が「ハンディキャップがあるのにeスポーツができる」「女性なのにeスポーツが上手い」という、マイナスをゼロにする議論であるような見え方になってしまうのが勿体なく、今回のようなセッションの内容が大衆に広まらない要因でもあるように感じました。
当然ながら、当事者たちは「マイナスをゼロに戻す」つもりでは活動しておらず「0を1にする」「1を100にする」という意識で、野心的かつクリエイティブに活動しているのはいうまでもありません。そんな当事者たちの野心やクリエイティビティを、「楽しさ」や「興味深さ」と掛け合わせて、どうやって大衆に届けていくかが、これからのメディアの課題だと感じました。
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今回のセッションを終えて、会議室から一歩外を出ると、会議室での内容が脳内から消し飛んでしまうほどの、魅力的で刺激的な体験が幕張メッセでは展開されていました。これは残酷にも、先ほどの議論が、まだまだ世間に浸透していないということを象徴しているように感じました。
大衆に伝えるためには、この刺激に勝たなければなりません。私自身、メディアで活動する人間として、会議室(専門家たちの取り組み)と幕張メッセ(大衆)を、どうやって繋げていくかを真剣に考えさせられる1日でした。