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2024年3月26日(火)、筑波大学スポーツイノベーション開発研究センターと茨城県による複合型イベント「茨城県eスポーツフェス OWL FES 2024」にて実施された「eスポーツの教育的効果に関するセミナー」を取材しました。
筆者の視点も交えながらレポートします。
忙しい方向けに2つのポイントで整理
まずは本セッションで起きたことを2つのポイントで整理します。これらのポイントについて、少しでも気になった方は全文を読んでいただくと良いでしょう。
eスポーツとフィジカルスポーツに「どのような違いがあるか」
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質疑応答の場面にて、東京理科大学 教授の柿原正郎氏から「(教育的な観点では)eスポーツとフィジカルスポーツには何も違いはない」という話がありました。
さらに柿原氏は続けて「なぜゲームをクラブ活動やサークル活動にしてはならないのか」「それについて論理的に話せる先生や親御さんが少ない」「環境整備が足りていない」「学校や地域からの支援や応援が必要になる」と、eスポーツがフィジカルスポーツと同じ扱いになるための条件の提示がされました。
また後の議題の中では、筑波大学 助教 松井崇氏から「ゲームは面白いので、長時間やりすぎてしまい、それが不健康に繋がることがある」「そういった可視化されない疲労をテクノロジーを用いて検知していくことで解決に繋がる」といった現状分析と提案がありました。
社会人に対しても、eスポーツは教育効果がある
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イベントでは、社会人がeスポーツを通して交流することの有効性についても具体的な話がありました。
LunaTone Inc. Founder & CEOのヒョン・バロ氏からは「eスポーツ市場は産業としてどれだけ持続可能性があるのか」「企業同士の中長期的な関係構築の場として、eスポーツイベントは寄与する」といった、ビジネスシーンでのeスポーツの活用例について共有がありました。
三嶋氏からは「eスポーツを通じた、高校生のコミュニケーション能力の醸成」「eスポーツを通じた企業内の人材育成、チームワークの醸成」「茨城県内の社会人でeスポーツの対抗戦を行う取り組み」など、eスポーツの教育的効果が若年層だけでなく、社会人に対しても有効であることが示唆されました。
登壇者紹介
本イベントの登壇者とファシリテーターを紹介します。(イベントページより引用)
松井 崇(筑波大学 助教)
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筑波大学体育専門学群卒業。柔道五段。2012年、筑波大学大学院修了。博士(体育科学)。学振特別研究員SPD、スペイン・カハール研究所客員助教を経ながら「スポーツ神経生物学」を推進。2015年より現職。2017年より全柔連科学研究部基礎研究部門長として「柔道生理学」を展開。2020年より、「筑波大学eスポーツ科学」を先導。2022年、筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター副センター長として、「老若男女の健幸スポーツライフの創成」に取り組む。
ヒョン・バロ(LunaTone Inc. Founder & CEO)
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米国ミシガン大学にて航空宇宙工学博士号取得後、韓国ヒョンデ自動車本社の責任研究員を経て、2017年から日本KPMGコンサルティングに入社。2023年よりゲーム・eスポーツ・メタバースなどのデジタルコンテンツ事業に特化した戦略ファームLunaTone Inc.を創業。テンプル大学ジャパンキャンパスで日本初のeスポーツ修了証書プログラムの特任准教授。
柿原 正郎(東京理科大学 教授)
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1973年兵庫県生まれ。関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門領域は経営情報システム、デジタルマーケティング。
三嶋 達典(茨城県産業戦略部産業政策課 eスポーツ推進担当リーダー)※イベント開催時点
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2000年4月、茨城県庁に入庁後、税・土木・福祉からIT・カーボンニュートラルなど、幅広い自治体業務に従事し、2022年4月から現職。 20数年ぶりにゲームに触れる環境に試行錯誤しながらも、茨城県のeスポーツ拠点化に向けて全力を注ぐ。※イベント開催時点
茨城ギャル / ファシリテーター
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1993年、茨城県北茨城市生まれ。茨城大学人文社会科学部卒業。リクルート系列会社に5年従事したのち、茨城キリスト教学園の広報室立ち上げメンバーとしてUターン。2023年3月に合同会社イナヅマを設立、Web/SNS運用を出口としたブランディング事業をメインに活動中。自分軸で生きる大切さを伝えるタレント「茨城ギャル」としてTikTok投稿/配信も展開中。
注目のトピックスを4つピックアップ
ここでは4つの観点から注目のトピックスを紹介します。
心拍数の観点では「1人よりも2人」「オンラインよりもオフライン」が有効
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スポーツと健康について研究する松井氏からは「eスポーツは1人でプレーするよりも、2人でプレーする方が心拍数が上がる」「一般的なフィジカルスポーツと異なり、eスポーツの場合は心拍数が上下する」「2人で対戦をするとお互いの心拍数がシンクロしてお互いに高め合う」「これが人間関係を構築したり、チームワークを高めるという観点で、社会生理学的なメカニズムであると解釈できる」という、1人でゲームを遊ぶ場合と対戦をする場合の違いについて解説がありました。
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また松井氏からは「共感性の形成に必要なオキシトシンの分泌という観点では、オフライン対戦がより有効である」という話がありました。
オンラインでできることがeスポーツの魅力である一方、オフラインの方がお互いの心拍数の共鳴が高まり、サイエンス的にも良い体験になり、より良い思い出として残るとのことです。
「名刺交換」「デジタル人材育成」eスポーツを活かした教育事例
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茨城県のeスポーツ推進事業を担当する三嶋氏からは具体的な事例の共有が行われました。多くの企業、団体を巻き込んだ大規模なイベントから、地域コミュニティの活性化を目的としたイベントの事例の紹介がありました。
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三嶋氏からは、高校生向けの教育観点の事例についての共有も。eスポーツをツールとして使用して、デジタル人材の育成を行い、農業の課題解決に取り組む例が紹介されました。
eスポーツは産業としてどれだけ持続可能性があるのか
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ヒョン・バロ氏は「eスポーツ市場は産業としてどれだけ持続可能性があるのか」「従来のゲーム市場だけでは経済圏が小さかった」「従来はゲームを作らない企業の参入ができず、ゲーム開発にはリスクが伴うので参入障壁が高かった」「一方、eスポーツの経済圏であればイベント運営やスポンサーとして参入ができる」と、新規ビジネスの可能性を紹介しました。
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柿原氏は「eスポーツとフィジカルスポーツは何も変わらない」「親世代の理解が必要である」と提言。eスポーツが文化として発展し、持続可能な産業として成立するには、ミドル層~シニア層のeスポーツに対する理解が必要であることが示唆されました。
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続けて、柿原氏は将棋やスケートボードなどのマインドゲームやマイナースポーツの例を挙げて、これらとeスポーツに違いはないということを訴えました。
後に松井崇氏からは「eスポーツは“疲労を感じづらい”という点がフィジカルスポーツと異なる」「ゲームは面白いので、長時間やりすぎてしまい、それが不健康に繋がることがある」「そういった可視化されない疲労をテクノロジーを用いて検知していくことで解決に繋がる」「社会のルール整備やコミュニティ作り、IT、あらゆる分野が協力していく必要がある」という補足がありました。
「引きこもり」「依存」ゲーム自体が問題ではないことが多い
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最後に松井氏から、サイエンスの観点から、ゲームがもたらす「引きこもり」「依存症」について重要な指摘がありました。
「大人でも、お酒を飲んだり、ギャンブルをしたり、何かに依存することがある。子どもの場合は、手に届く範囲にあるのがゲームであるということ」
「共感性の生成に重要なオキトシンは、ドーパミンの上流に位置する情報伝達物質である」「人間は社会的動物として人と触れ合うことで心地よくなる生き物であるが、その人間関係に問題が生じると、(その心地よさを)下流のドーパミンだけで満たそうとする。その結果、お酒や薬物、ギャンブル、ゲームに流れることになる」
「そのため、(ゲームに限らず)実社会の問題をどう解決していくのが先決」「オンラインで繋がった仲間と社会復帰する事例もある」「オンライン空間も社会として捉える必要がある」
まとめ:オフラインイベントは心拍数のシンクロを生みだし、人々の思い出に残る
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個人的に印象に残ったのは、松井氏からの「サイエンスの観点からも、オフライン対戦がより有効である」という提言でした。
コロナ禍を経て、オフラインイベントが復活してきたeスポーツ界隈ではありますが、小規模なイベント運営者は二の足を踏んでしまうのが実情です。
また大規模なイベント運営者の中には「今回のオフラインイベントは採算が合わなかった」と撤退して、オンライン開催に切り替えてしまう例も出てきました。
そんなイベント運営者にとって、松井氏からの「オフラインイベントが演者や観客に良い影響をもたらす」という提言は、再度オフラインイベントを検討するきっかけになるでしょう。