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ゲーム実況やライブ活動のみならず、東京観光大使や大型音楽番組への出演など、若者を中心に一大ムーブメントを巻き起こしているVTuber業界。
2022年6月にはVTuberグループ「にじさんじ」を運営するANYCOLORが東証グロース市場に上場し、それを追う形で2023年3月にカバーがやはり東証グロース市場に上場しました。
しかし知名度や快進撃とは反対に、まだまだ不理解な部分も多く、情報のアップデートがされていない意見を見かけることも少なくありません。
そんな中、2024年1月30日にカバーが「VTuber市場に関する勉強会」と題した勉強会をメディア向けに実施。「VTuberとは?」「どんなファン層に支えられているのか?」「ビジネス構造は?」「今後の可能性は?」といったさまざまな観点からVTuber市場を解説しました。
カバーといえば、ファンへの啓蒙や誹謗中傷対策、タレントのケア、地方創生事業など発展途上のVTuber市場を土台から構築する試みが多く見られるVTuberグループ運営会社としてファンに認知されています。今回もそんな社の色が見て取れる試みとして多くのメディアを招待する形でおこなわれました。
登壇したのは「YAGOO(ヤゴー)」の愛称でファンにもタレントにも愛されるカバー 代表取締役の谷郷元昭(たにごう もとあき)氏。
本稿では「VTuberを1から知りたい」という読者も対象に、基本的な部分も含め、勉強会で語られた内容をお届けします。
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◆ファンが思うVTuberの魅力とは?
そもそもVTuberとは「バーチャルYouTuber」を語源とするパフォーマーのことで、配信者がアニメルックのアバターを使い、ゲーム実況・雑談・カラオケなどを中心に配信活動をするジャンルを指します。
2016年に「キズナアイ」さんが世界で初めて「バーチャルYouTuber」を名乗ったのをきっかけに続々と参入がおこなわれ、現在、国内はもちろんのこと海外でも多くのVTuberが活躍中です。その総数はまさに星の数ほど。アバターと配信環境があれば誰でもVTuberになれるとあり個人活動のレベルで増加の一途です。
そのカテゴリはおもに2つ。「個人勢」と「企業勢」と呼ばれるものです。
「個人勢」は個人で活動するVTuberのことを指し、「企業勢」は企業のバックアップを得て活動するVTuberのことを指します。
「企業勢」として有名なのは、たとえば今回の勉強会を開催したカバーが運営する「ホロライブ」。そしてANYCOLOR(元「いちから」)が運営する「にじさんじ」、Brave groupがグループ会社を通じて運営する「ぶいすぽっ!」や「ヒメヒナ」などがあります。
日本発祥の文化ではありますが、海外でも「VShojo」をはじめ様々なVTuberグループが誕生し、日本でも活動をスタートするなど世界的な広がりを見せています。
もちろんホロライブでもインドネシアに拠点を置く「ホロライブID」、英語圏で活躍する「ホロライブEN」といった海外タレント部門を創設し、まさに国境を越えた活躍をしているのが現状です。
その活動内容は、この7年ほどで大きく変化しました。その最たるものが配信スタイルです。
キズナアイさんが活動をスタートした当初はYouTuberのいちジャンルだったこともあり、動画を編集し配信するのが一般的でした。しかし動画編集は撮影から編集までの手間がかかったりスタジオを使用したりするためコストがかかります。そこで現在はアプリひとつで配信が行えるライブ配信が主流となりファンを楽しませています。
そのさきがけとなったのが、ホロライブ内では最初にデビューし、バーチャルライバーとしてライブ配信を中心に活躍している「ときのそら」さんでした。
そのホロライブを運営するカバーとは、はたしてどのような会社なのでしょうか。
正式名称はカバー株式会社。2016年6月13日に設立した当初はVRゲームの開発をしていましたが、現在は女性VTuberグループ「ホロライブ」や男性VTuberグループ「ホロスターズ」のプロダクション事業、メディアミックス事業、メタバース事業を中心に展開しています。
社員数は409名。創業者である谷郷元昭氏が代表取締役を務めています。
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所属タレント数はホロライブ、ホロスターズを合わせて約90名。総チャンネル登録者数は8,600万人。月間ユニークユーザー数2,000万人以上という、VTuberグループの中では比較的規模の大きなものとなっています。
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所属するタレントたちが個性を発揮してゲーム実況や雑談で大騒ぎをする一方、ライブイベントでは日々のレッスンやトレーニングで得たパフォーマンスを発揮し、歌やダンスで客席を魅了する彼女たち。
普段の配信では親しみのある距離感で接し、ライブイベントでは手が届かないところで輝く、そのスター性と身近な感じのギャップが人気の秘密です。
そして今や配信のみならず、東京観光大使に起用されたり、「FNS歌謡祭」といった大手歌番組やYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」にシンガーとして出演したりと脚光を浴びているのです。
アニメルックのキャラクターが自由な発言をし、モーションキャプチャーで歌って踊る姿はまさにアニメファンの理想形。決められた通りに動くのではなく、生身だから感じられるリアルさは、アニメファンの中に潜在していた「キャラクターが実際に存在して欲しい」という願望を実現していると言えるでしょう。
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◆VTuber市場は世界的に右肩上がりに
今回の勉強会によると、VTuber市場はスマートフォンの一般化、5Gの普及、動画コンテンツの盛り上がりといったデジタル文化の成長と、世界的なアニメコンテンツの盛り上がりの中、その波に乗るようにして人気を拡大したと分析されました
国内市場を見てみると、2020年度は約144億円だったものが2023年度はなんと約800億円(見込み)に。 4年間で約5倍に成長した計算となります
※矢野経済研究所「VTuber市場に関する調査(2023)」より。
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VTuberを含む配信者の収益といえば、YouTubeでは「スーパーチャット」、Twitchでは「ビッツ」と呼ばれる、いわゆる「投げ銭」が有名です。ホロライブでもスーパーチャットの世界ランキングで1位を獲得するタレントを多く輩出し、たびたびその金額にも注目が集まっていました。
しかし現在、ホロライブはその収益構造からいち早く脱却し、現在は所属タレントをグッズ化したり、ライセンス契約をしたり、ライブイベントを実施したりするなど、IPビジネスでの収益を拡大させています。
カバーの収益構造を見ても、2021年はスーパーチャットの収益が全体の46.0%だったのに対し、マーチャンダイジングやライセンス等のいわゆるキャラクタービジネス系が成長し、2024年3期Q2では全体の28.1%にとどまっています。もはやスーパーチャットに頼らないビジネス構造が求められる時代と言えるでしょう。
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◆VTuberファン層の実態と、ファンに支持されるタレント育成方法
矢野経済研究所が2023年に実施した「VTuberに関する消費者アンケート調査」によると、VTuberが趣味だと回答した15歳から44歳の男女のボリュームゾーンは、男性が10代から30代、女性が10代から20代と比較的若年層に支持されているようです。
小学館のコロコロコミックにホロライブのタレントが登場した時は驚きをもってファンに迎えられましたが、低年齢層もスマートフォンを当たり前のように持つようになった時代、改めてそのことが裏付けられた形です。
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それではそこまで人気を獲得したホロライブのVTuberとはどのように見いだされ、どのように支持されたのでしょうか。
企業が運営するVTuber事務所では、タレントを発掘し、一定以上の人気を獲得したタレントを中心に展開していくタイプと、発掘後に育成していくタイプのおもに2つのタイプがあります。
ホロライブは育成していくタイプでいわゆる少数精鋭型。
発掘後に時間をかけて教育し、クオリティを担保してからデビューさせ、デビュー後もきめ細かなサポートをしながら個性を開花させていきます。そのためデビューの間隔も長く、新人を連発するようなこともありません。
かつて谷郷氏はとあるインタビュー企画の中で、新人デビューについて「タレントひとりひとりの人生がかかっているので、単純に数を増やすわけにはいきません」という旨の発言をしていました。まさにその責任をまっとうしている形です。
また勉強会後半の質疑応答コーナーでは、記者から「思った成果が出せなかったVTuberを卒業させる際はどこを基準にするのか」といった質問が出ましたが、谷郷氏は「弊社はそのような判断をしない会社です」と迷いなく一刀両断。あくまでデビューしたひとりひとりをフォローし、しっかりとプロモーションする体制を構築することで離脱リスクを避けると語りました。
その成果もあり、YouTubeの登録者数の世界ランクに名を連ねるようなタレントを多く抱える、ファンに支持されるグループに成長しました。
またホロライブといえばその技術にも目を見張ります。
VTuberは配信環境のみならず、ライブステージでも設備等の条件が求められ、ハードルの高い分野だと言われています。そのため技術開発やアップデートは必須ですし、やらなければ所属VTuberの活動の幅はいっこうに広がりません。
カバーでは配信に使用するアバターをLive2Dと3Dの両面で運用。つねにアップデートを繰り返して、より質の高いモデルを提供しています。
アバターの見た目の変化のみならず、演者の動きを読み取るトラッキングや各種機能など、デジタル技術を進化させて配信を盛り上げています。
特にモーションキャプチャーや合成技術は実写映画業界やゲーム制作にも関係する分野ですから、エンターテイメントの世界において決して離れ小島の話ではありません。
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ライブステージでは、実際にアニメルックのキャラクターが目の前に立っているかのような体験を創出するべくAR技術をフル活用。AR技術が活きるステージ演出も含め、こちらも日進月歩で進化しています。
またカバーは総工費27億円で自社スタジオを開設したことでも話題になりました。モーションキャプチャーに対応した撮影・配信スタジオとしては国内最大級を誇り、さまざまな配信企画で活用されています。
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かつてカバーは2020年1月に初のライブイベント「hololive 1st fes. ノンストップ・ストーリー」を開催し、それを機に注目を集めて不動の人気を獲得しました。
当時はVTuberグループとは言いつつ寄り合い所帯のような形が多く、それぞれのグループが配信用の衣装そのままの格好でステージに立つことが多かったのですが、ホロライブははじめて「全体衣装」と呼ばれるおそろいのステージ衣装を着用。華やかにステージを彩りました。その試みは当時としては画期的でした。
ホロライブがアイドルとして本格的に活動するようになったのは3期生が加入した2019年頃。その時にはすでにホロライブのタレントとして活動をしていた1期生や2期生が「これからアイドル活動をするよ」と告げられて戸惑ったという話を数多くしています。ファンも含め、いったいどのようなアイドルになっていくのか見当もつかない時期がありました。
「hololive 1st fes. ノンストップ・ストーリー」で魅せた全体衣装はまさにその路線を明確化したものであり、ある種の意思表明でした。
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谷郷氏もその当時のことについて、「資金調達に非常に苦労しました」と発言。しかしライブが成功したことで収益が大幅に改善され、調達した7億円は手つかずで手元に残ったと、安心したような笑みを見せました。
現在、VTuberはライブを重視して運営されることも多いのですが、少なくともホロライブの成功がひとつの指針になっていると思われます。
また、VTuberはタレントでありつつも、アニメルックの見た目でキャラクタービジネスと非常に相性のいいカテゴリとなっています。アニメキャラクターと同様にグッズの一部になったり、そのままゲーム本編に登場したりと、VTuberならではの展開もしやすく、そこがIPビジネスにおける強みのひとつとなっていると谷郷氏は語ります。
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◆ファンとの二人三脚で歩むビジネスと今後の展望
これまでのIPビジネスといえば、IPホルダーが展開する映像作品・ライブイベント・グッズ展開などをファンが消費する形で展開されてきました。
しかし、ホロライブはファンと二人三脚でコンテンツを育成する、UGC(ユーザー生成コンテンツ/User Generated Contents)に軸足を置いてビジネスを展開しています。
もともとVTuberには、ストリーマーなどの配信者と同様、配信内容をファンが編集・公開する「切り抜き動画」、カバー楽曲を公開する「歌ってみた動画」といった文化がありました。しかしホロライブはさらに一歩踏み込み、ファンが制作した自作ゲームの収益化を許可してその発展を後押しするなど、ファンとともにコンテンツを育てる試みを積極的におこなっています。
これによりファンは消費のみならず二次創作にも積極的に参加できるようになり、より活発なファン活動を促進することができます。
特に面白いのはファンの自作ゲームの取り組みで、ゲーム内で使用した配信時のボイスをもっと良いものにしたいからと、タレント自身が改めて提供するなど配信内での交流も見て取れます。
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またタレントが発表したオリジナル楽曲を積極的に「歌ってみた動画」「踊ってみた動画」で使ってもらえるようプロモーションすることで未視聴者層への波及に成功。宝鐘マリンさんの「美少女無罪♡パイレーツ」は、YouTube公式のMV(ミュージックビデオ)の再生回数が3390万回、TickTokが3億再生、「歌ってみた」や「踊ってみた」動画がYouTube上で新たに4000本作られるなど大きな効果を生みました。
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もちろん国内だけではありません。カバーは海外ファンの支持も集め、全体のチャンネル登録者数の割合のうち35.4%が海外ファンで、2023年7月にロサンゼルスで開催したホロライブEN初の全体ライブ「hololive English 1st Concert -Connect the World-」では6,000人分の会場チケットが完売する快挙も成し遂げました。
日本発のIPとしては、マンガ・アニメ・ゲームに続く、新たなキャラクターIPビジネスのスタンダードになり得るというVTuber。
今後も成長が見込まれますし、ホロライブとしても、テクノロジーの進化に加えてファンと手を携えることでさらなる市場開拓を目指すようです。
特にヨーロッパ圏では時差もあってまだ波はおだやかですが、だからこそ開拓の余地があると谷郷氏は熱を込めて語っていました。
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